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文字化け!【第二次世界対戦と日蓮主義】のえりぬきツイッター!!!

 投稿者:fact サバイバー  投稿日:2016年 4月19日(火)17時42分1秒
編集済
  太平洋戦争と日蓮主義のえりぬきTwitter
文字化け!!!何年経っても直ってない!!

なぜ化けているのか?そしてなぜ誰も言わないのか?
読みたい!
 
 

本読みましたよー

 投稿者:ハンゾー  投稿日:2016年 2月 1日(月)22時38分31秒
  初めまして。ハンゾーと申します。大田さんの「オウム真理教の精神史」と「宗教学ーブックガイド」読みましたよー。買いましたよ(笑)。『オウム』の方は一言では言い切れませんが、とにかく面白かったです。拙者も宮台や大澤など読みましたが、正直、何を言っているのか私には理解できませんでした。大澤は例のように一見難しそうな言葉でごまかしている感じはありますが、特に宮台は突っ込みどころ満載で意味不明でした。それに対して大田さんの議論は非常に明快で次作も楽しみですね。
「宗教学」のほうは有名な著作をあたかも読んだかのごとく語れるようになるにはもってこいですね。今後の出版予定があれば教えてほしいです。
 

「オウム真理教の精神史」を読んで

 投稿者:大石紘一郎  投稿日:2015年 6月 9日(火)11時08分49秒
  貴著拝読。オウム真理教事件の精神史的背景についての考察は興味深いものでした。p.11に「オウムを論じた学問的著作は、・・・客観的分析を行うことができたか」という問いに関し「明らかに否である」とあります。私自身は2008年の拙著「オウム真理教の政治学」で、相当程度に分析できたと考えているのですが、どうでしょう?お時間のある折、ご笑覧いただければ幸甚です。  

質問

 投稿者:日曜建築史研究家  投稿日:2013年11月13日(水)14時11分45秒
  大田先生、読者の皆さま、こんにちは。

『現代オカルトの根源―霊性進化論の光と闇』を拝読しました。オカルトを受容する心性―いかがわしいものにリアリティと魅力を感じ取ってしまう心の働き―を少し理解できたように思います。がしかし、それにしてもです。トンデモなお話を脳内であれこれと夢想するのとは異なり、現実世界でヘンテコなものを知覚したら、たいていの人は「なにかおかしいな・・・」と身体的レベルで違和感を覚えるのではないでしょうか。

例えば、ご著書の中で紹介されているナチズムによるアーリア人至上主義。金髪碧眼アーリア人を優良とまじめに信じる人たちは、それらの条件を全く備えていなく、見目麗しくはない総統ヒトラーをどんな想いで見つめていたのだろうか?と。
身近な例では、街中にある宗教法人のヘンテコな建物もそうです。ご著書で紹介されている某新興宗教団体の建物は、遠目にはヨーロッパ調やギリシア神殿のような壮麗な外観でも、近くで見ればうすら寒いハリボテです。何故こんなヘンテコなものを現実に見て、そのヘンテコな中でトンデモな話を聞かされても入信する人がいるのだろうか?と不思議でなりません。

大田先生はその辺りをどう考えておられるのでしょうか。認知的不協和理論などは存じております。お忙しいことと思います。いつでもお手すきの時にご教示いただければ幸いです。
 

院生時代の河合隼雄

 投稿者:イワン  投稿日:2013年 6月 9日(日)11時48分30秒
  大田俊寛先生、読者の皆さんこんにちは。

さて私は、天理にしても京都もまた観光で訪れたことがあります。そこで思うことは、「果たして河合隼雄はこの長い行程を大学院在学中にかわることなく往復したのか」ということです。まず天理高校から旧国鉄駅、近鉄駅に徒歩で行くとなると最低15分はかかります。そこから電車に乗ってダイレクトで京都駅まで行ければいいのですが、必ず桜井線や天理線から乗り換えが必要です。さて京都駅に着いた。そこからの乗り物は、河合の時代なら市電、つまり路面電車となります。そうすると片道でゆうに2時間半かかるのですから、往復なら5時間です。いくら当時の河合が若かったとしても、そんなハードなスケジュールで大学院の入学から卒業までの過程を、完遂することは不可能ではないかと以前から思っていました。

私と同様の疑問を持っていたある研究者のブログを紹介します。このブログ、アクセスが殺到したため、開設者はブログ記事の更新を停止したそうです。大変読み応えのあるブログですし、最近友人から教えられたばかりですから、まだ全部は読み切っていませんが、すべて読む価値があると思っています。

http://ykuno.jugem.jp/?eid=1186
 

得体の知れない「学」を僭称する人々にご用心

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年12月 8日(土)17時53分24秒
  コスモスさま&秋桜さま

掲示板にご投稿いただき、ありがとうございます。
私事で取り込んでおり、ご返答が遅れ申し訳ありません。

松岡正剛氏につきましては、私は一冊も著作を読んだことがなく、どのような人物なのか、ほとんど存じ上げておりません。ネット上で調べ物をするとき、『千夜千冊』のサイトには時々お世話になっているため、それほど悪いイメージがあるわけではないのですが。

書き込みの内容が事実であるとすれば、多くの分野に手を出してはいるものの、結局のところ何が専門なのかよく分からない、どういう問いに責任をもって答えてくれる人なのか分からない、ということなのでしょうね。80年代のニューアカやポストモダニズムにおいては、多種多様な情報を集積することによって万能の存在になれる、という幻想が蔓延していたという経緯があり、松岡氏の提唱する「編集工学」も、その名残であるように思われます。

例えば中沢新一氏は、「芸術人類学」や「野生の科学」を提唱していますが、実際にはそれらはただのキャッチコピーに過ぎず、そんな学問は存在しないわけですよね。中沢氏や松岡氏に限らず、気楽に何らかの「学」を創始する人は後を絶ちませんが、実際に一つの学を立ち上げて継続していくというのは、容易なことではありません。近代になって、経済学、社会学、心理学、人類学、そして宗教学など、多種多様な新学問が登場しました。しかしこれらの学問も、未だ二〇〇年前後の歴史しか持っておらず、今後も存続していくかどうかはまったく分かりません。何か決定的な欠陥が存在することが証明され、学としては消滅するかもしれない。

新しい学問を気楽に創始する人々は、そもそも一つの学を担うということはどういうことかを、まったく理解していないのだと思います。それで「明示的な理論構築はできないけれども、とりあえず俺の言うことを聞け」ということになってしまうのでしょう。(ちなみに私は、このような現象を「アカデミック・カルト」と呼んでいます。)若い人々に対しては、学問としての理論やディシプリンが蔑(ないがし)ろにされ、個人の魅力だけで成り立っているような集団には極力近づかないように、と警告を発しておきたいと思います。
 

ご参考に。

 投稿者:秋桜  投稿日:2012年12月 4日(火)17時54分15秒
  ◆利害関係にあった二流タレント文化人&二流精神科医の香山リカ
「(略)イベントで松岡さんといっしょになりそうなときには、私はあえて欠席するなどして、何とか顔を直接、合わせないようにと努力してきた。もし、顔を見てしまったら、その瞬間に自制心を失って、「どうしてこんなところにいるんだ!あんたのおかげで人生を棒に振った人もたくさんいるんだぞ!」と公害の企業の社長に詰め寄る被害者家族のような態度を取ってしまいかねない、と思ったからだ。」(p.122)

「(略)工作舎(※松岡正剛が作った出版社)やニューアカ用語を駆使して禅問答のようなやり取りを際限なく繰り返す人と、(略)固有名詞や商品名を連ねることでしか自分を語ることのできない人は、ふたつの点において本質的には同じだと考えられる。どちらも、それほど深い意味はない、という点においてと、こういったもの言いの本当の目的は「このお作法に従えない人はあっちに行って」という排他のゲームにある、という点においてだ。(p.212)」『ポケットは80年代がいっぱい』

◆利害関係にあったネット系出版社の一流編集者
「編集工学(笑)。紺屋の白袴。」

◆利害関係のない一流編集者&一流翻訳家
「編集者でも思想家でもない、単なる山師。素人の大食い。残る本を一冊も書いてない。」
 

修行ごっこビジネスの蔓延について

 投稿者:コスモス  投稿日:2012年11月 7日(水)20時20分25秒
  まずは、長くなりますが、次の引用文をお読みください。

【はみ出し銀行マンの秘密会議室  掲示板「老後クラブ」より】
〈引用はじめ〉
美女の世界  アットホーム   2011.7.14(木) 16:16
大阪本社発行の毎日新聞2010年7月21日朝刊によると、奈良県が平城遷都1300年の記念書籍などを発行する「弥勒プロジェクト」を委託したシンクタンクとの間で、研究員への対価を最高で月額120万とする契約を結んだそうです。厚生労働省が労働者の賃金実態を把握するためにまとめている「賃金構造基本統計調査」(2009年)によると、高い専門性が求められる職種では、医師が月額86万円、大学教授が月額67万円、弁護士が55万円ですから、はっきりいって桁違いの高額となるギャラでした。しかし同年の12月そのシンクタンクが重大なミスを犯してしまいました。法相宗の大本山を興福寺とだけ限定して、薬師寺のことは一切説明していない『平城京レポート』が発行され、波紋を呼ぶことになります。当然といえば当然ですが無視されたかたちになる薬師寺は奈良県に抗議しました。その時点で奈良県の荒井知事は「えらい小さなことに気が付かれるんだなという印象。さまつ(な問題)だと思う」と述べたそうです。しかしその後あらためて県庁職員が『平城京レポート』を詳しくチェックしたところ、誤りが続々と見つかり固有名詞の誤記載や助詞の欠落などが37か所、認識の誤りが47か所、確認を要する記述が86か所も見つかり奈良県のみならず関西、中国、四国地方の毎日新聞読者を唖然とさせました。委託したシンクタンクは松岡正剛事務所、編集工学研究所、財団法人日本総合研究所の3法人で、その3つの機関にかかわりを持つのが自称編集工学者の松岡正剛です。さておもしろいことにグーグルの空欄に2011年6月28日現在「平城京レポート」と振り込んでも、「平城京レポート 松岡正剛」または「平城京レポート ダウンロード」しか先読み候補として表示されません。少なくとも1月前は「平城京レポート」と書き込むと、「平城京レポート 誤り」、「平城京レポート 間違い」、「平城京レポート ずさん」、「平城京レポート 誤記載」等が先読み候補として提示されていたにもかかわらず、ある日突然削除されてしまったのです。グーグルが自主的に削除することはありえないので、何者かがグーグルに手数料を払い、先読み候補から「消し去った」のでしょう。資生堂の役員と個人的に親しい間柄になり、資生堂から個人的に資金を引き出すのなら問題はありません。しかし資生堂役員の推挙でクール・ジャパン官民有識者会議座長代理やら、国民の読書推進に関する協力者会議委員に就くことは解せません。金儲け第一主義で読解力のない人間など、そんな立派な役職をこなすことなどできないはずなのに、なぜか大手を振って官庁街に出入りしているようです。

そういえば稲本の畏友松岡正剛も松岡正剛事務所だけでなく、編集工学研究所を設立していました。松岡は松岡正剛事務所の代表取締役社長だと思います。しかし編集工学研究所の代表取締役は丸善の社長を兼ねる小城武彦であり、松岡は「取締役所長」という肩書です。余人とは異なる角度からこの編集工学研究所なり企業を眺めると、(株)たくみ塾と似ていなくもないようなそんな気がしなくもありません。編集工学研究所がイシス編集学校を運営する。もちろん営利企業が設置した学校なのですから講義を聴くには金がかかります。それなりに通い金を出し続けるとステージが設けられており、順を追って階段を上るように高いステージに上ることができる。企業でいうなら平社員の段階から課長や部長になれるように、学衆から師範代や師範になることができる。師範代からは寸志が出る。とうま味があるかのような宣伝がまかり通っているようですが、何のことはない松岡の手足となるため、すなわち雑用係を仰せ付けられるようなものと思えなくもありません。(株)たくみ塾とよく似たからくりではありませんか。「君たち修業したまえ」というわりにはご本尊は修業する意思は持ち合わせておらず、現金の出納にばかりとらわれているのではあるまいか。そんな風に考えたくもなります。奈良新聞2011年2月1日版によれば「製作にかかったのが9月以降で、発注したライターが30人以上」となっていましたが、正確に書けば「素人が30人以上」の誤りでしょう。そうしてその素人はイシス編集学校の関係者がメインと思われます。おそらく松岡としては「この程度の仕事なら彼らに任せても問題はないだろう」と高をくくっていたと思われます。松岡としては「プロの校正者へ発注すればそれなりの料金を取られる。彼らだったら寸志程度で済む。なるべく金をかけたくないから彼らに丸投げすることにしよう」が本音ではないでしょうか。奈良県としては「話が違うじゃないか」でしょうが、松岡としては金儲けが第一義なのであり、モラルをどうのこうのと持ち出しても意味はないのです。奈良県から80万円請求されたそうですが素直に返還したのでしょうか。これも疑いたくなります。2001年に草月ホールで開催された主催密教21フォーラム、企画構成松岡正剛事務所+編集工学研究所で高野山大学名誉教授松長有慶はこう語っています。「現代は情報社会といわれていますが、その情報を受け取るのは皆さんです。本当のものをみきわめる目を持つことです。欲望をコントロールし、エゴを離れて、他人のための欲望に育てることです。21世紀は新しい価値観を心の中に持たなければなりません。密教は空海の原点に戻ることが必要ですが、これは密教世界だけの話ではありません。皆さんと共有してゆく話です。」「本当のものをみきわめる目を持つこと」は稀有の人間にしかできない芸当といっていいでしょう。実際松長有慶にせよ密教21フォーラムの全メンバーにそれができていません。なぜできていないのでしょう。それは松岡正剛という二線級の思想解説者に企画構成をまかせてしまったのがその理由です。それでは香山リカ著『ポケットは80年代がいっぱい』より引用します。

「あのー、もう2学期が始まっているので、そろそろ授業に出たいんですけど』すると松岡(正剛)さんは、「大学!?大学なんかに行ってどうするんだ!?」と不思議そうな表情で一喝したのだ。(中略)そのまま大学をやめてしまったのは、祖父江さんだけではない。中には、医学部の5年、6年になっていたのに大学をやめた人もいた。世間の人は、「あと1年なんだから、とらえずは卒業して医師免許は取ったほうがいいのでは」と思うだろうが、工作舎ではそんな常識は通用しないのだ。(中略)しかし医学部の6年が中退し、多摩美大では「全A」というウワサもあった優秀な祖父江さんさえ中退したとなったら、松岡さんや編集者が私に「医学部の1年?そんなのはまだ行っていないのも同じだ!」と私に言い出す日も近いのは明らかだ。しかも、十川さんは私に「もっと勉強したいなら、松岡さんが主宰する『遊塾』に入りなさい」と何度もすすめる。「遊塾」は松岡さんに私淑する若者に、編集だけではなく人生の基本を教える、という実践的な塾で、すでに2期生くらいまでが、毎週集まって、勉強や討論、ときには本の梱包作業などにも取り組んでいた。“現場の体験”と称して路上で舞踏のパフォーマンスをした人、中にはバーでストリップまがいのダンスをした人もいる、というウワサも聞こえてきた。」その後松岡は帝塚山学院大教授に就いたそうです。他人に向かっては無責任な主張をするものの、自分のこととなると保身術にたけたよくいるタイプのマキャベリストと考えていいでしょう。ちなみにその雑誌『遊』ですが、私にとってはいかにも二線級の思想解説者にすぎない松岡らしい中身のない空疎な雑誌として記憶にあります。そんな彼が識者として官庁や自治体から引く手あまたとは、それこそ夢にも思いませんでした。「ちなみに翻訳の熊崎実さんは岐阜県立森林文化アカデミーの学長で、稲本正君のオークヴィレッジとともに岐阜の森林樹木文化を担っている」と、稲本のことをずいぶん持ち上げていますが、『百の暗黒卿』の存在を伝えれば、さぞや驚くことでしょう。松岡レベルの知性や教養、審美眼、読解力では稲本の本性を見透かすことは無理だと思っていましたが、案の定私の思った通りだったのです。

〈引用おわり〉


私は引用文に挙がっているイシス編集学校やたくみ塾について知りませんので、事の真偽についてはなんとも言えません。ですが、上で批判されている手口とそっくりな「修行ごっこ」型のスクールは、「都会でよく見かける」と危機感をつのらせていました。というのも、私自身がとあるヨガスクールで危うく金と時間を浪費させられるはめになりかけた経験があるからです。

そのヨガスクールでは、世間知らずの若者や表層的な知恵しか持ち合わせていない大人が修行ごっこに貴重な時間と金をつぎこんでいました。教祖タイプの主宰者がいて、新入りが先輩の手ほどきを受けてステージを昇ってゆきます。その過程では、いかに教祖様がすばらしいか、ここがすばらしい所なのかを教えこみ、いつまでもスクールを続け、行く行くはスクールの指導者になってもらい、スクールの発展に寄与するようにと時間をかけて説得してゆくのです。
冷静になってみると、先輩指導者は、20代~30代そこいらの若者で、今まで「先生」「コーチ」と呼ばれたことは決してない、これからもないであろう学も教養も徳もない人物が担っていました。年長である教祖様の取り巻き連中はのんびり静観し、たまに偉そうに訓辞をたれるだけでした。また、そこで高額で販売していたテキストは、いわゆる「成功哲学」やら「人間開発セミナー」やらのインチキセミナーのテキストにそっくりで、ポストモダン哲学やら仏教やら心理学やら脳科学などがゴチャ混ぜにしてあるだけの酷い代物でした。教祖様がさも深遠な哲学を持っているかのようなそぶりをするので、知識量では適わない若者は「きっとステージが上がれば理解できるのだろう」などと思いこんでしまうのです。

冷めた眼で見られるようになると、「よくある信者ビジネスの一つ。そんなのにだまされる馬鹿が悪い」となるのでしょうが、大学に拝金主義者の文化人が人寄せパンダのくせに「教授」として迎えられている昨今、まっとうな知識人と、いかがわしい文化人の違いは今どきの若者には見分けられないでしょう。そんなものに運悪くひっかかってしまった若い人は本当に気の毒です。

中沢新一を内在的に的確に批判できるまっとうな常識感覚をお持ちの大田先生は、上の文を読まれて、どのようなことを思われたでしょうか。できましたら、広い視野で宗教現象をとらえられる大田先生から、
このような修行ごっこ型ビジネスの弊害について、専門家として注意喚起をする発言をしてもらえたらと思います。
 

確固とした「第三者」になるために

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年 6月12日(火)14時09分31秒
  米本和広様

掲示板に書き込みいただき、誠に有難うございます。また、米本さんから先に謝意を示されたことに、大変恐縮しております。カルト問題を扱った米本さんの著作、特に『洗脳の楽園』と『我らの不快な隣人』からは、とても多くのことを教えられました。大学での講義でも、折に触れ、これらの著作を推薦させていただいております。

私も、自著の『オウム真理教の精神史』を切っ掛けに、現代カルトをめぐる問題に足を踏み入れたことになりますが、今でも完全に考えが固まったというわけではありません。「カルト」という概念は多分に価値判断や偏向性を伴っており、研究者としてはこれを放棄するべきだろうかという思いが、時折頭をよぎることがあります。

しかしながら、研究者が「カルト」という概念を放棄することによって、何か物事が前進するのだろうかと考えれば、決してそうは思えません。特定のカリスマや生き神を中心に閉鎖的なコミュニティが形成され、そういった集団が外部の社会に対して激しい排他性や攻撃性を示すといった現象は、現代において頻繁に見られるものであり、研究者はこうした社会的病理に対して目を背けることがあってはならない、と考えるからです。

現在の社会のなかに「カルト」が存在していることを認識すること、そして場合によっては、こうした団体の動きに反対し抵抗することは、とても重要です。しかし他方、米本さんが明らかにされてきたように、「カルト」に対する「反カルト」の動きがいたずらに先鋭化されると、両者は奇妙にも相互に似通ってきてしまうということがあります。カルトの人間は「マインド・コントロール」されているのだから発言の機会を与えるな、問答無用で拉致監禁せよ、ということが罷(まか)り通ってしまえば、その排他性・攻撃性は、もはやカルトと同種のものにしか思われないからです。

「カルト」対「反カルト」のケースに限らず、問題が「敵か味方か」という二項対立に局限化されてしまうと、両者は激しく対立しているにもかかわらず双子のように似てきてしまうというのは、これまでの人文系の諸理論において幾度も指摘されてきたことです。そしてこの場合に重要なのは、敵か味方か、善か悪か、という二元論に回収されることのない「第三極」を立てることだと考えます。最終的には、その役割は司法の人間が引き受けることになりますが、現代の宗教をめぐる問題はまったく見通しが利かないほど入り組んでおり、司法が本当に客観的な立場を取りうるのか、危ぶまれる点も少なくありません。ですので私は、研究者が理論的立場に徹し、現代の宗教問題の根源には何があるのか、この問題はなぜかくも入り組んでしまうのかということを、可能な限り客観的に説明することに努めるべきであると考えています。

しかしながら、米本さんもよくご存じのように、これまでの宗教学者は、「第三者に徹しなければならない」という自覚を十分に持っていなかったのではないかと思います。「カルト」と「反カルト」双方の顔色を窺っては、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、足腰の定まらないコウモリのような振る舞いを繰り返してきたのではないでしょうか。また、第三者に徹するという私の方針に対しても、「現場を知らない書斎の研究者が分かったような口を利くな!」という批判が浴びせられることが予想されます。これに対して私は、その批判をいったん受け入れた上で、しかし、現場で見えるものだけがすべてではない、現場にいないからこそ見えるものもあるのだということを、粘り強く主張し続けたいと思っています。

やや長めのご返答になってしまいました。米本さんの著作によって、カルト問題を考察するための新たな視点を与えられたことに、あらためて感謝を申し上げます。また今後は、米本さんと、私を含めた宗教学者のあいだに、生産的な対話が成り立つことを強く期待しております。
 

感謝&ご報告

 投稿者:米本和広  投稿日:2012年 6月12日(火)08時01分44秒
   大田俊寛様
 初めてメールします。ルポライターの米本と申します。
 このたびは、日経ビジネスアソシエに、拙著を推奨していただきありがとうございました。
 さっそく小生のブログ「火の粉を払え」に紹介記事を載せました。
http://yonemoto.blog63.fc2.com/blog-entry-337.html#more
 事後になってしまいましたが、どうかご了承を。
 紹介の仕方、拙文に問題があれば、ご指摘ください。

 最近、反統一教会陣営からの批判が激しくなりつつあります。それだけに推奨記事は励みになりました。とても感謝しております。

http://yonemoto.blog63.fc2.com/

 

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