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上祐氏と麻原、村井氏の関係について~『カラマーゾフの兄弟』からの考察

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2012年 2月12日(日)18時27分34秒
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  ■上祐氏と麻原、村井氏の関係について~『カラマーゾフの兄弟』からの考察

僕は上祐氏について、次のように考察しています。

・信者時代の初期、教祖に対し彼ほど批判的な言説で挑んでいた者はいなかった。

実は教団内部で、説法に対し、教祖に対し彼ほど批判的な言説で挑んでいた者はいないのです。
(89年90年あたりの信者は知っていると思いますが91年以降の信者はおそらくほとんど知らないと思います。)
彼ほどの知性が、すんなりと麻原の言説に従うわけもなく、彼はかなり「がんばって」食い下がっていたのです。
この点においては、他のどの古参信者よりも「頼りになる」存在でした。
(僕は信者がかなり無批判に己の思考経由なく麻原の言説に感銘を受けていることに苛立っているほうでした。)
そしてそのことに気づくには、古い89年あたりの説法と質疑応答を拝聴してみなければいけないのです。
僕がそれを知ったのは在家時代、とあるルートから「出家信者しか聴いてはならない」と言われた説法テープを拝聴したのがきっかけです。

・世間における評価:教団防御のために嘘八百を並べ立てる口の達者な人物

これは世の中に一般に表現された彼の態度が、「教団防御のために嘘八百を並べ立てる口の達者な人物」という印象であったのに対し、真っ向から対立する姿勢があったことを示しています。むしろ一般の方々が「疑問」に想うようなことは、いち早く彼が教祖に問いただしていたのです。(それは僕にしても同様だったと思います。彼ほど弁がたつ人間ではありませんでしたが。)

当時の報道で、その事に気づいている人はほとんど皆無だったと思います。
実際、彼ほどあの教団の悪性を引きづったまま、世の中全体にストレスを冗長した人物はいないと感じます。
その点で彼は、非難されてしかたのない人であり、脱会当時の僕にとっても「対立者」として徹底して振舞っていました。

・矛盾する人格と葛藤

この内部での実態と彼に対する教祖の評価、そして彼が教団のために行ってきた数々のことが、通常の想定をことごとく裏切っているため、彼の真意が分からぬまま十数年が経過したのだと思います。
で、それほど複雑な心理的世界には他人は踏み込まないため、結構重要な点を見過ごすことになります。

彼が最終的に、教祖の言説を除外し「ひかりの輪」を立ち上げる流れは、言わば当然の流れでした。
しかし、真意として彼が何を志しているのかは、彼の言説をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないでしょう…

彼に対する一般的な批判には、事の真相を知らないゆえの軽薄なものを感じます。
彼の脱会後の総括において、彼の根底にあるエネルギーを伺うことができます。

世間でもみくちゃにされている間、彼の心に去来していたものがなんだったのか…僕が感じ取った彼の心境はこういうものです。
(私がロシアに行っている間に、一体あなたは何をしていたのだ!(麻原に対し))
(しかもこの状況は最悪にして、一番懸念していたことでありながら、そのことは既に私が進言していたはずだ!)

こうした怒りを感じていたはずだと思います。

そして、教祖に対するグル信仰の矛盾を埋め合わせるべく、それを温存させたまま、その怒りは村井氏に向かっていたと思います。

この高弟同士の仲の悪さについては、以下の映像で現れています。1分14秒あたり
上祐氏が半ばふてくされて、質疑応答する村井氏を心の中で軽蔑している姿が浮き彫りになっています。

1分46秒あたりでは、上半身頭部が村井氏を避けるようにして左にかしいでいます。
こうした反応は心の内面として隠せないもので、村井氏に対し相当うさんくさいものを感じ、同じ教団幹部として出演しながら、相容れないジレンマを感じていた事が伝わってきます。

http://www.youtube.com/watch?v=qRWvEZep1T8

この映像の主題は「村井氏」なのですが、ここに隠れているもうひとつの姿が、高弟どうしでさえ「隠しあっている」姿です。
これは教団の紛れもない姿であり、教祖がこれを放逐していたのが伺えます。

・ロシアへの左遷

彼は、教祖に運営の仕方で私的意見を挟み、教祖に疎まれ、結果ロシアに左遷されたのだ…

これが事実だと思います。(※彼が私的意見を挟んだかどうかは僕は知りえないことですが、恐らく彼の性格からしてそうした会話があったはずだと感じています。)

ただし、僕は一方で、上祐さんに対し1歩踏み込んで問い詰めたい心境があります。
教祖の近くにいながら、彼の危険性を気づきうる才を持ち合わせながら、なぜあなたは、彼を監視しなかったのだ!
というものです。

これは、ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』の中で、イワンが無意識の中の予感として、父フョードルを忌み嫌い、彼の死を渇望し、そうした事件が起される予兆を感じ取りながら、「毒蛇同士の食らいあいに構ってなどいられるか!」と勢い、チェルマーシニャ、否、モスクワに逃げてしまう心境に似ていたはずです!(結果的にそれは彼自身の犯行を抑止することになった)

イワンが、自分でも気がつかぬ無意識の罪を体現するスメルジャコフの存在に、次第に畏れを抱き、不愉快な気分を味わい、しかも彼がその<不気味な姿をかもし出す>スメルジャコフに「意地悪く勧められるまま」チェルマーシニャ行きを決定してしまう様は、敗北そのものと言っていいものです。。。

心の中だけの罪が、現実の罪に変貌する瞬間…それを体験したのではなかったか…

彼は麻原をどうしようもないくらい畏れていたはずで、しかし信仰生活のスタイルとして、システムとして教祖に謀反を起せなかった事実があります。でも<予感>はしていたはずです。

こうした幹部のの心の弱さが、事件をどんどん大きなものへ、止められないものへと冗長させていったのではないのだろうか?
振り返ってみればラーフラのような行動を取れなかった自分を恥じているのではないか?
そして、その事を気づかれないために、多弁に陥っている。。。

僕はそう思えてならないのです。

そして、この時に、ロシア行きを斡旋したのは、村井氏ではなかったのだろうか…とさえ思えます。

イワン・カラマーゾフが上祐氏だとすると、スメルジャコフは、村井氏に相当します。
実際の汚れ仕事を請け負っているという自負が村井氏にはあったと思います。

※誤解を与える事無いように弁護するならば、「破壊による救済」など共有できたはずはなく、その意味で上祐氏はイワンそのものではないでしょう…しかし無自覚にもこのような結末を…予期しえた稀な位置に彼はいたはずだと僕は思います。

まとめてみます。

◆イワンの無意識に感じていた事件:
父フョードルの死。しかしそれは兄ドミトリーによって突発的に起されるものと感じていた。
まさかそこに真意として彼の願望を反映する形で、用意周到に「自覚的に」スメルジャコフが事件の引き金をひくとは思いもしなかった。

◇上祐氏の無意識に感じていたであろう事件:
日本におけるサリン事件。しかしそれが本当に起されるとまでは思っていなかった。
しかし、きなくさい状況は真っ先に知りうる立場にいながら、自分の後輩信者にはその教団の変貌と危険を表明する事無く日本を去っていった。

◆イワンの悪夢:
父の死の予感を感じながら、それを止める位置に自分の身をおかずに、モスクワに「逃げて」しまうこと。
モスクワについてから、自分自身を「卑怯者だ」と感じるようになる。スメルジャコフが気になって仕方がなくなる。

◇上祐氏の悪夢:
日本において教祖と村井氏がタッグを組んで、自分達の理想の仏教的生活が壊される予感
そのとばっちりを避ける意味でも、ロシア任命には「快く」承諾した。
ロシアについてから、日本での教団体勢の変貌を忘れる意味でも、自分の任されたロシアの地での教団拡大に没頭する。
それは、ふがいない教祖の野望に対する潔癖の主張だった。


ここまで分析して、はじめて上祐氏を批判できるし、彼もまた恐ろしく呪われた運命を背負わされたものとして、僕は同情してしまうのだ。

そして、そういう意味では、僕は自分自身の中にもきっとイワンやアリョーシャやスメルジャコフのようなものがあるのではないかと感じてしまうのです。
 
 
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