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宗教と呪術、その他

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年 2月22日(水)11時48分5秒
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  高橋英利様

書き込みいただき有難うございます。どうお答えするべきか、なかなか言葉が見つからないところもありますが、簡単にコメントさせていただきます。

■「宗教」と「呪術」の区別について

前回の繰り返しになりますが、オウム真理教にせよグルジェフにせよ、その体系は、「宗教」と言うよりは、むしろ「呪術」と呼ぶべきなのだろうと思います。初期の宗教学(フレイザーやデュルケーム等)では、「宗教」と「呪術」という、似て非なる二つの領域が存在することが重要視されていたのですが、その後の宗教学では、このテーマを十分に探求してこなかったところがあるように思います。

デュルケームは宗教を「社会の統合を成立させるための集合的表象」と定義しています。すなわち宗教とは、「社会のメンバー全員にとっての公的真理を表すもの」と言い換えることができるでしょう。

宗教はこのようにして、社会統治の主要な手段として一般に用いられるわけですが、しかしながらこの方式は、いつでもどこでも万能というわけではありません。「誰にとっても当てはまる真理」というものを拒否する人間、それでは満足できない人間が、社会のなかには常に生み出されてしまうからです。それは、何らかの理由や原因によって社会から疎外され、社会の呼び声に応答しなくなった人間であり、より端的に言えば、何らかの仕方で「精神を病んでしまった」人間、ということになります。

こうした人々は、現状の社会に対する根源的な違和感や不満を抱えているわけですから、「社会のメンバー全員に当てはまる真理」という仕方の呼びかけには応答しようとしないわけです。では、どうするか。別の仕方で呼びかけるしかない、ということになります。すなわち、「社会には隠されている真理を、私が君だけに教えてあげよう」という種類の呼びかけを行うのです。大ざっぱに言えば私は、こうして展開される「私秘的な真理」の体系が、「呪術」と呼ばれる領域を形成していると考えます。

こうした「宗教」と「呪術」の二分法を前提とするなら、麻原彰晃やグルジェフ、あるいは中沢新一や内田樹といった一部の知識人たちが語っていることは、実は「宗教的真理」についてではなく、主に「呪術的真理」についてではないかと考えられます。周知のように近代社会は、大規模で複雑なシステムによって成り立っており、そこからはじき出される人間、疎外される人間が絶えず生み出されていきますから、「呪術的真理の語り」というものは、その社会において常に一定の大衆的ニーズを集めるということになります。こうして、さまざまな宗教的セクト、ニューエイジや精神世界といった流行現象、サブカルチャーの諸領域において、カリスマ性を帯びた「呪術師」が登場し、その周囲に「彼こそは秘められた真理を知っている人間だ」(まさに「知っていると想定される主体」です)と考える信奉者たちが集う、という現象が繰り返されることになります。

しかし、ここで往々にして見過ごされるのは、こうしたカリスマたちが語っているのは、実は私秘的領域にしか通用しない「呪術的真理」に過ぎず、その論理は公共的領域には通用しない、ということではないかと思われます。さまざまなカリスマたちは、自らの力によって人々を訓育・領導できることに自信をつけ、しばしば政治の領域に関与しようとしますが、ほぼ例外なくそこで躓き、纏っていたオーラを雲散霧消させる、平たく言えば、「化けの皮が剥がれてしまう」ことになります。すなわち、彼の「真理」が通用していたのは、あくまで閉鎖的共同体の内部のみであり、社会的公共性の領域には通用しないことが露わになってしまうのです。

・・・ということで、何を書いているのか良く分からなくなってきましたが、結論としましては、オウム真理教の教義や麻原彰晃の人格をグルジェフの体系で分析するということよりは、両者をともに一種の「呪術の体系」と見なし、相互の共通性や違いを比較分析してみる方が有効なのでは、というのが、私の考えになります。

■麻原彰晃・村井秀夫・上祐史浩の関係について

オウムの幹部同士の関係については、部外者である私にはうまく想像できないところがありますが、高橋さんの仰ることは確かに興味深いですね。教えていただいた当時のテレビ番組も、村井さんと上祐さんが水面下で敵対し合っているという視点から見ると、細かい仕草や挙動に隠された意味が分かるような気がします。

しかし全体として言えば、私には、上記の三者がそれぞれ別のベクトルを持っているようには思えないのです。言わば三人とも、かつてオカルト雑誌『ムー』の愛読者であったという意味で「ムーの子供たち」であり、そこに書かれていた陰謀論・超古代史・疑似科学などをかなり素朴に信じ込んでいたのではないでしょうか。そして、オウム末期の運動をリードしたのが、主に疑似科学やマッドサイエンスの方向性であり、この点で村井さんは、その能力において他の幹部より秀でて(?)いました。そして、上祐さんを含む他の幹部たちは、そうした村井さんに対して、嫉妬や危惧の入り混じった複雑な感情を抱いていたのでは、というのが、私の想像するところです。

高橋さんのご著書『オウムからの帰還』を読み、末期のオウム教団において村井さんの果たした役割がとても大きかったということが良く分かりました。その意味で言えば、村井さんが刺殺されてしまったことは、麻原彰晃が法廷で何も語らなくなったこと以上に、「オウム事件の真相」を闇の中に隠してしまったのかもしれません。

(*『オウムからの帰還』は、最近、文庫化されたようですね。喜ばしいことだと思います。「文庫版あとがき」を拝読したいので、私も近いうちに手に取ってみます。)
 
 
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