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得体の知れない「学」を僭称する人々にご用心

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年12月 8日(土)17時53分24秒
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  コスモスさま&秋桜さま

掲示板にご投稿いただき、ありがとうございます。
私事で取り込んでおり、ご返答が遅れ申し訳ありません。

松岡正剛氏につきましては、私は一冊も著作を読んだことがなく、どのような人物なのか、ほとんど存じ上げておりません。ネット上で調べ物をするとき、『千夜千冊』のサイトには時々お世話になっているため、それほど悪いイメージがあるわけではないのですが。

書き込みの内容が事実であるとすれば、多くの分野に手を出してはいるものの、結局のところ何が専門なのかよく分からない、どういう問いに責任をもって答えてくれる人なのか分からない、ということなのでしょうね。80年代のニューアカやポストモダニズムにおいては、多種多様な情報を集積することによって万能の存在になれる、という幻想が蔓延していたという経緯があり、松岡氏の提唱する「編集工学」も、その名残であるように思われます。

例えば中沢新一氏は、「芸術人類学」や「野生の科学」を提唱していますが、実際にはそれらはただのキャッチコピーに過ぎず、そんな学問は存在しないわけですよね。中沢氏や松岡氏に限らず、気楽に何らかの「学」を創始する人は後を絶ちませんが、実際に一つの学を立ち上げて継続していくというのは、容易なことではありません。近代になって、経済学、社会学、心理学、人類学、そして宗教学など、多種多様な新学問が登場しました。しかしこれらの学問も、未だ二〇〇年前後の歴史しか持っておらず、今後も存続していくかどうかはまったく分かりません。何か決定的な欠陥が存在することが証明され、学としては消滅するかもしれない。

新しい学問を気楽に創始する人々は、そもそも一つの学を担うということはどういうことかを、まったく理解していないのだと思います。それで「明示的な理論構築はできないけれども、とりあえず俺の言うことを聞け」ということになってしまうのでしょう。(ちなみに私は、このような現象を「アカデミック・カルト」と呼んでいます。)若い人々に対しては、学問としての理論やディシプリンが蔑(ないがし)ろにされ、個人の魅力だけで成り立っているような集団には極力近づかないように、と警告を発しておきたいと思います。
 
 
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