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質問

 投稿者:日曜建築史研究家  投稿日:2013年11月13日(水)14時11分45秒
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  大田先生、読者の皆さま、こんにちは。

『現代オカルトの根源―霊性進化論の光と闇』を拝読しました。オカルトを受容する心性―いかがわしいものにリアリティと魅力を感じ取ってしまう心の働き―を少し理解できたように思います。がしかし、それにしてもです。トンデモなお話を脳内であれこれと夢想するのとは異なり、現実世界でヘンテコなものを知覚したら、たいていの人は「なにかおかしいな・・・」と身体的レベルで違和感を覚えるのではないでしょうか。

例えば、ご著書の中で紹介されているナチズムによるアーリア人至上主義。金髪碧眼アーリア人を優良とまじめに信じる人たちは、それらの条件を全く備えていなく、見目麗しくはない総統ヒトラーをどんな想いで見つめていたのだろうか?と。
身近な例では、街中にある宗教法人のヘンテコな建物もそうです。ご著書で紹介されている某新興宗教団体の建物は、遠目にはヨーロッパ調やギリシア神殿のような壮麗な外観でも、近くで見ればうすら寒いハリボテです。何故こんなヘンテコなものを現実に見て、そのヘンテコな中でトンデモな話を聞かされても入信する人がいるのだろうか?と不思議でなりません。

大田先生はその辺りをどう考えておられるのでしょうか。認知的不協和理論などは存じております。お忙しいことと思います。いつでもお手すきの時にご教示いただければ幸いです。
 
 
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