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『ミトラの生誕祝』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2011年12月25日(日)12時23分50秒
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  大田さん、メリー・クリスマス。
ちょうどクリスマスなので、お話してみたかった「ミトラ」の話題に移りましょう…

といっても、内容的に副題をつけるならば、
~麻原思想にはザラスシュトラの二元論の影響がある~
になります。

キリスト教の全世界的な布教と、この聖誕祭に隠された意味は、これほど有名なお祭りであるにも関わらず、その真相を知らない人が世の中に大勢います。

12月25日は、正式にはイエス・キリストによる生誕の日ではなく、むしろ、ミトラ教の神ミトラの生誕祭だったものです。
これは当時のローマ帝国に支配的だったミトラの信仰を、後に入ってきたキリスト教の信仰者達が、その布教の一環で、彼らの信奉するキリストがミトラと同じ日に生まれた…といったほうが、当時支配的だったミトラ信者を、そっくりそのままキリスト教徒に変換させるのがたやすかったためでしょう。

僕は、はじめてこの事実を知ったときは愕然としましたし、それはミトラへの関心も高く、同時に占星術師としては、イエス・キリストの本当の誕生日を調べるきっかけにもなりました。(僕は、コンピュータを使って、実はイエスの真に生誕した日だと想われる日を算出してもいます…もちろん、源流となる情報は聖書にしかないので、3人のマギの礼拝の頃の天空の座標を使い、逆算して日にちを求めるというものですが…興味深い結果が出ましたよ…)

ミトラに関心を寄せるきっかけは、僕の場合、仏教に伝来する弥勒(マイトレーヤ)の伝説からでしたが、この話を追いかけていくうちに、どうしてもゾロアスター教が出てきて、かつ、あのオウムの教義というよりも、教祖の思想の根幹に、ザラスシュトラがいることに気がついたからです。

お会いしたときにお話しましたが、あまり先生は、その影響力を重要視されてはおらず、「まあ、オウムはごった煮だったから、なくはないだろうけど、それほどの影響があったのか?」といった顔をされていました。

僕は、再度唱えておきたいのは、オウムは仏教やキリスト教よりもゾロアスター教の影響のほうが…大きいです。

そう発言するほどの根拠となるものはおいおいお話させていただきたいと想っていますが、仏教もキリスト教も利用していたとは言えますが、ヴァジラヤーナに行き着く発想と、その比重の高さを検討すれば、自ずと教祖の思想的背景が読み取れます。

いくつか当時の彼の説法を取り出せば、指摘できるところがたくさん出てきます…今手元にないのが残念ですが、あれば探しておきます。

ゾロアスター教は当時のイランにおいて、地域的な差からマズター教とミトラ教に別れていた宗派を総称したものだと言われますが、このことからも解るとおり、最初はアフラ・マズターによる一神教ではないんですよね…むしろ神々が並列状態だった。
その中で人気の高いアフラ・マズターとミスラ(ミトラの前身)がいて、共に崇拝されていましたが、当時の西欧の進化論的宗教観に次第に汚染されていって、次第に「唯一最高神アフラ・マズターを崇拝する宗教だった」という解釈が起こるようですが、これは間違いと言っていいくらいのものですね。

やはり、重要なのは、ザラスシュトラの二元論だと思います。
ギリシャ哲学によるものとも違い、インドのサンキャ哲学とも違い、もちろんデカルト的物心二元論とも違うもので、異質なものとされています。

善なる神(あるいは天使)と悪なる神(あるいは天使)の戦い…
この抗争が描かれていて、神話学的には、それを追いかけていけばいいのでしょうが、注目すべき点があります。

神話学的な解釈で、「かつて、善なる神と悪なる神の戦いがあった」という表現をを伝えるものとしてではなく、
「善と悪の対立的抗争が必要だったのだ」…とする考え方が、どうやらザラスシュトラにあったらしいという、僕は想っているからです。

正直、善と悪のカテゴリに大別されて、唱えられるのは、苦でした。
僕がオウムをやっていた頃の、教団の主義主張で一番理解に苦しみ強く反発したのは、仏教思想の代入思想ではなく、この善悪二元論だったのです。

これは、当時、僕と麻原の対話があり、それはたまたま教団のテープに残されていたため、それはTV放映されています。
著作にも書いたことですが、僕は教祖に圧倒する形で、説教され、「闘いが必要なんだ…エネルギーの激しいぶつかり合いそのものが必要な時代なのだ」と説教されています。

これは、後に分析してみて明らかになったことですが、ひとつの謎も解けるのです。
強引で、誤解を招きかけない行動の多い教祖に、批判的に詰め寄る信者時代の僕の発言に対して、実は教祖は、そもそも環境を争いの渦に落としたかったのだ…いや、むしろ、そのことこそが目的といっていいほどの、重要性と捉えていたらしいのです。

それが証拠に、ラーフラという一番弟子がいて、僕のいたころは脱会していたのですが、彼が、教団ポアリストトップの人物でした。僕は脱会後、非常に際どい橋を渡りながらですが、ラーフラと面会することができました…彼は僕のTVの訴えを聴いてくれたのです。

そして、こう言われました。
ラーフラ:ロシアで軍事訓練を受けているとき、いや、その前に、教祖にワークを命ぜられる前に呼び出されて問いただされたんだ。
僕:なんていわれたの?
教祖:なあ、ラーフラ、もし私が神ではなく悪魔の側だったとしても、おまえは私についてきてくれるのか?
ラーフラ:…

この強烈なやり取りを聴かされ、僕は、当時心底のけぞりました。
教祖は気づいていたんだ…自分が危険な人間であることに「自覚的」
しかもそれをだしにしながら、弟子の帰依を試そうとする…あざとさ。

この会合は、警察や公安も絡んだものだったので、非常に貴重でデリケートな体験だったけれども、この話によって、
僕達には決して見せない姿が、教祖にはある…という確信に自信を深めたんだ。

教祖にとって、善と悪は必要で、あわよくば「善なる神」として君臨しようと教団を創ったことは容易に想像がつくんだけれども、
普通「悪」とはされたくないであろう彼は、どの程度、「善」にこだわっていたのだろうか…?

まったくと言っていいほど、善などにこだわっていない。
そのことは、事件が見事に証明してくれている。
いや、むしろ「悪」として世の中に機能してさえ構わない…と高をくくっていたのではないだろうか…

彼の関心で最も重要なことは「ことを起すこと…」だった。
リフトンさんと共鳴した「発見」がここでした。

また、論を補強する情報源として紹介しますが、あるときの説法の抜粋をして、彼の根幹思想を見出すことができます…

【92年12月頃の松本支部道場説法の内容抜粋】
「…信者である君達は、素材だ、そして、オウム弾圧、これは圧力だ。そしてグルである私の役目は何かと。それは触媒に過ぎないと。で、何が必要になるのかと?それはすなわち、高い圧力化で変化するための化学反応だ。この今の日本の警察による弾圧、大いに結構だと私は想っている。」

そして、強制捜査時点で、道場で流れていた説法は、この前お会いしたときに紹介させていただきましたが、
「まさに、グリフォンとアフラ・マズターの戦いである…」
でした。

僕は、もうその後は「神」と聴くと「悪魔」ではないかと疑うようにすらなってきています…
あるものにとって神は、別のものにとって悪に見えるからです。

そして、キリスト教にも受け継がれてしまっている、この善と悪の考え方は、ゾロアスター教がルーツだと感じています。

そして、ミトラ=救済者 というイメージで、うまく纏め上げて、まい進したのがオウムであり、その中でマイトレーヤの物語はうまく利用されていたのだと想っています。

でも、これは前例として、ミトラ=キリストとして、ローマ帝国がキリスト教を迎えたことににています。
 
 
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