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僕がかんもくになった理由

 投稿者:富山市  投稿日:2016年11月18日(金)21時25分23秒
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  長文になることをお許しください。

僕が緘黙症になったのは、幼稚園の頃です。
当時、同じクラスに嫌いな子がいました。仮にA君とします。
ある日、僕がつみきで遊んでいると、A君がそれを勝手に触りだしたのです。
そのことに腹を立てた僕はカッとなってA君の頭をつみきで殴りました。
すると、A君は火がついたように泣き叫び始めました。
そんなに強く殴るつもりはなかった僕は、慌ててA君に謝ったのですが、A君は泣きやむ気配がありません。
A君の頭から一滴の血が流れるのを見た僕は、自分がやったことが恐ろしくなりました。
やがてA君は救急車で運ばれていったのですが、僕はA君が死ぬんじゃないか、と思いました。
その後、3人の先生が、1人づつ僕に事情を聞くと共に説教をしました。
3人の女性の怒りはなかなか収まることはなく、長い時間が過ぎました。
僕は自分の罪の大きさを実感しながらも、一方では疑問も感じていました。なんでこの人たちは同じことばかり言うんだろう、と。泣きながら謝り続ける僕に対して「自分が何をやったかわかっているのか」、「本当に反省しているのか」などと同じことばかりを気が狂ったかのように怒鳴り続けていました。それは後でこの件を知った母も同様です。
その理由は成長して世の中を知っていく過程で段々と分かってきました。彼女らが気にしていたのは世間体であり、自身の責任問題になることを恐れていたのです。それはA君も僕も関係のない、大人の世界の争いです。その発端はもちろん僕ですが、目の前にいる女性はどこか遠くを見ながら話をしているように感じられました。
僕も今は社会人なので、仕事に対する責任というのは日々感じているわけですが、この件に関してはどうにも納得しきれないものがあります。

A君は全治1~2ヶ月程度だったと思います。改めてA君に謝ってこの件は一応解決したのですが、僕の心には罪の意識が重くのしかかったままでした。
その後、卒園すると他の子と離れ離れになったのも良くなかったです。
小学校には、知っている子が一人もいなかったのですが、僕はあの件がいつかばれるのではないかとびくびくしていました。
また、自分には友達を作る資格がないのではないか、という思い込みもあったように思います。
そういう気持ちがあったので、一年生の頃はほとんど話をしませんでした。
やがて年月が経っていくと、もうそろそろ普通に周りの人と話しをしても良いんじゃないか、などと思い始めるのですが時すでに遅く、その頃には何をどう話したら良いのか、という基本的なことが分からなくなっていました。
そして多少の変化はありながらも、結局人と話をするのが極端に苦手なまま大人になり、現在に至る、という感じです。

僕は加害者なので、自業自得と言われてしまえばそれまでの話ではあります。被害者であるA君の心の傷がどれほどなのかは想像もできません。
しかし、僕はA君が許してくれるのであれば、A君がこの件を引きずらずに毎日を楽しく過ごすことができるようになるのであれば、A君に対して何でもしてあげたい、という気持ちはありました。
ただ、具体的に何をやったらいいのか、ということが分からず、当時はただ謝りつづけることしかできませんでした。
A君にケガをさせたことは忘れるべきではないし、忘れることはないですが、あの時何らかの形で心に区切りをつけることができていれば、現在こんなに話しづらい、生きづらいことになっていなかったのではないか、と時々ふと思うことがあります。

どうしても書きたかったので、勝手ながらこちらに書かせて頂ました。
どなたかの参考になればと思います。
 
 
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