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小学校時代、週に一度別の小学校の擁護教室に通わされていました。
砂と模型を使った箱庭あそびやほかのおもちゃで遊んで過ごすだけでした。
ある日先生に「実のなる木の絵を描きなさい」と言われ、訳が分からず躊躇っていると「描かないとほかの遊びはさせない」と強制。
私は萎縮し、描かずにずっと席に座っていました。先生が呆れて付き添いの母に「頑固ですね」と言っていました。
また別の日には「嘘発見器だ」と言って指にマジックテープでピーピー鳴る装置を付け、
「嘘ついたり緊張してると鳴るんだ、気を落ち着かせなさい」と言われ音が鳴らなくなるまで外してもらえなかったことが2回あります。
人権侵害ギリギリなのでは…?と今でもあの教室の意味が分かりません。
母に一度だけ帰り道に「なんで外ではしゃべらないの!なにがいやなのよ!」と酷く詰られたこともあります。
今は家族の中でも私の障害はなかったかのように誰もそのことに触れません。
二十年前ですからいまよりずっと認知も狭く理解も対応も低かったと思います。
治療や指導といった中で子どもは傷つけられ、いっそう孤立し孤独感を抱えてかたくなになります。
私は自分が異常で特別だと扱われることが嫌でした。早退して擁護教室に向かうのをクラスのみんなに見られるのが嫌でした。その日の午後の授業の勉強が自分だけ遅れてしまうのも。
では何をしてもらえばよかったのか自分でも分かりませんが、
怯えて萎縮し「嫌だ」ということすら言葉に出せない子どもの内面としてなにか参考になればと思います。
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