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変わりたいです。

 投稿者:もっく  投稿日:2014年 4月 7日(月)17時26分29秒
返信・引用
  私は今、高校2年生です。つい最近、初めて緘黙症という言葉を知りました。中学2年の頃からクラスメートと上手く会話できなくて悩んでいます。家では昔からおしゃべりなのですが、家族以外の人と話すときは、頭が真っ白になってしまいます。それでもまだ中学時代はなんとか話せていました。しかし、高校に入ってから全く話せなくなりました。せめて少しずつでも自分の思っていることを伝えよう、と思いましたが、上手くいきません。どうしても、いい子を演じようとしてしまいます。せっかく優しいクラスメートが私に話しかけてくれても、意味の分からないことを言ってしまい、会話はすぐ終わってしまいます。私も友達と何気ない会話を楽しめるようになりたいです。よろしければアドバイスをお願いします。
長々と失礼いたしました。
 
 

話して欲しい気持ち。

 投稿者:午前4時の男  投稿日:2014年 4月 6日(日)03時37分31秒
返信・引用
  本当は息子は人と話ができるのではと思う事があります。
先日、息子は友人とカラオケに行ってきました。息子は4曲歌ったそうです。楽しそうな顔をした息子を見ると、本当は、人と話せるのではないか?と思えてきます。でも息子は人と話せないのです。歌を歌う事と話す事は別の事のようです。
息子が話せない理由を私には理解するのは出来ないかもしれません。でも息子が楽しいと思える事が出来たら人と話せるようになるのでは?と考えています。
 

(無題)

 投稿者:みの  投稿日:2014年 4月 1日(火)21時44分11秒
返信・引用
  私は自分が緘黙症だと知ったのは最近です。
幼稚園のころから中学卒業まで家族以外の友達などと全然話せないでいました。変わりたくて知っている人が少ない高校に入りました。
ちょっと話せるようになったし、声を出して笑えるようになりました。だけど、友達と何を話せばいいのか分からなくて、いつも気まずい感じで終わったりして、毎日、すごく辛かったです。結局、あまり変われませんでした。
今は専門学校にいっています。そこでも同じような感じになってしまいました。もう、どうすればいいかわかりません…,普通に話したいのに。普通にみんなとワイワイしたいのに……ずっと、このままなのでしょうか
 

Re: 困っています

 投稿者:kogure  投稿日:2014年 3月23日(日)09時41分20秒
返信・引用
  > No.889[元記事へ]

さくらさんへのお返事です。

(引用は行間を縮めています)

> 喧嘩の理由。
> 私は毎日、ボードに一日一日の計画を書いていて、昨日も今日の事を考えていました 。
> 母は、いつも仕事から3~4時にかえってきます。今日も、そうでした。
> そしたら、毎日二人で算数や、そういう事を勉強する。 と、二人で決めています。
> まぁ今日もいつも通り、の事ですが、、、私が途中でやる気を無くし、諦め、母はまだ何も言わなかったですけど。
>
> 私がふいに、今日は○○だったなあ。。。
>
> 今日の私の一日は、なにもかも全部やる気、がない状態でした。
> それで昨日書いた計画も、ほとんど出来ていない。   という感じ。     これが、私の日々になっていて。
>
> それに気づいた母は、私に説教してきました。
> そして説教されるうちに、私の一日の事について質問してきました。
>
> でも質問されてもこの真実を言えなかった。知られると全て私の責任で、どうなるのかが怖くて。
>
  ウン、黙っている方がいいでしょうね。

>
> 私の態度に母は飽きれて、    二階へと行ってしまいました。
>
>
> 昨日までは外とかに行けたのに。。。昨日までは自分で行動とれたのに。。。と、
> 自分の中で葛藤が始まり、もうどうしたらいいのか。   思えばささいな話なのに。。。>
>
> なんでこんな事で悩まなきゃいけないのか。。。
>
「ささいな話し」が実は大きいのではないでしょうか?
計画も「些細な」「些末な」「ちょっとした」計画が実現することが大切だと思います。それも、「計画倒れ」という言葉が有るように、なかなか計画だけで実行出来ないことが多いと思います。たくさん計画して(特に空想癖のある人は、とてもたくさん)実現できるのはほんのちょっとです。

 実現できない計画に悩むよりも、些細な計画、些末な冒険(チャレンジ)を記録して(絶対親にも見せない)、それを積み重ねる方が良いと思います。「おっくうだけど、○○した!吃驚マークじゃないだろー。」と自分で自分に突っ込みをいれるなど・・・人に見せないなら書けると思います。どっちかというと、計画はなるべく無責任に書いて「マクドにいってみるか」→出来なければ、そのまま。→行けたら「行ったぞ!」 など、実行出来たことを書いていくわけです。
 

Re: 話して欲しい気持ち。

 投稿者:kogure  投稿日:2014年 3月23日(日)09時28分8秒
返信・引用
  > No.890[元記事へ]

午前4時の男さんへのお返事です。

本当は、もっとたくさん話していらっして、以下のことは確認済みでしょうが、念のため書かせていただきます。

 「同級生は返事がないと悲しい気持ちになったり、怒ったっりすると息子に言うと息子は息子をいじめた相手を正当化するものだと反論してきました。」という反論について、「息子が中学生頃息子をいじめた相手に対してだけでなく他の同級生にも悪い感情が残っているようです。」と書かれています。

 もしかしたらですが、「返事が無いから、・・・怒ったりする」のが当然なら、その理由でいじめたのはいじめた者に理がある ということになり、正当化することになる。

 そこで、話しかけられたときの気持ちをせっかく聞いているので、「相手が何を考えているか(発言だけでは)分からない」というのは確かなことですが、それを、会話しながら探ったり、態度や様子をみたり、日頃の行動を分析したりして、総合的な判断(仮定)で、この人は信頼できるから「怖くない」とか、信頼できないから「表面的な対応をしよう」などと振り分けて(分類して)反応しているなど、【分からない→怖い】ではなく【分からない→分析しよう・疑おう・探ろう…】という現実的な対処の計画へと進めるのも良いのではないでしょうか?

 また、いわゆるカウンセリングでは、せっかく「怖い」と感情を表明してくれているので、「うん、分からないと怖いよね」と気持ちを受けて、丁寧に相手して(支えて)行くことで、息子さん自身が自分で感じたり・考えたりするのを支援し、長い目で考えると、自分できっと答えを見つけ出してくるに違いないという心構えを(可能ならば)して、育んでいくということも考えられます。

 後者は、かなりの覚悟が必要で、表面的に受け容れている振りをしても役立たないので、ご用心。でも、息子さん自身が自分で問題に取り組んでいくだろうという在りようを尊重するということは大切ではあります。自分で取り組むとき、自分独りということが絶対の要件では無く、手伝って貰いながらでもOKだという点をおさえておいて頂きたいと思います。いつでも手伝うよ、という人がいると勇気がでやすくなりますよね。
 

話して欲しい気持ち。

 投稿者:午前4時の男  投稿日:2014年 3月23日(日)05時52分10秒
返信・引用
  話せない高校生の息子に話しかけてくれる同級生について息子と話す機会がありました。
息子は相手が何を考えているかが分からないから怖いと言います。
それに対して私は相手の気持ちは分からないから考える必要はないし、話しかけてくれた同級生は返事がないと悲しい気持ちになったり、怒ったっりすると息子に言うと息子は息子をいじめた相手を正当化するものだと反論してきました。
息子が中学生頃息子をいじめた相手に対してだけでなく他の同級生にも悪い感情が残っているようです。だから息子は相手を信用しないと言っています。
息子は会話は相手を傷つけたりもするので話すことが出来ないとも言っています。
この話は結論はでていません。でも、息子の気持ちが分かって私は良かったと思っています。また、この話について息子と話が出来たら嬉しいです。
 

困っています

 投稿者:さくら  投稿日:2014年 3月10日(月)17時21分48秒
返信・引用
  突然すいません。


ささいな事ですが、今今 母と喧嘩をしてしまい、困っています。





私は、学校に行っていません。  ちなみに、私は場面緘黙症です 。        まぁ、当たり前ですが。
喧嘩の理由。
私は毎日、ボードに一日一日の計画を書いていて、昨日も今日の事を考えていました 。
母は、いつも仕事から3~4時にかえってきます。今日も、そうでした。
そしたら、毎日二人で算数や、そういう事を勉強する。 と、二人で決めています。
まぁ今日もいつも通り、の事ですが、、、私が途中でやる気を無くし、諦め、母はまだ何も言わなかったですけど。




私がふいに、今日は○○だったなあ。。。





今日の私の一日は、なにもかも全部やる気、がない状態でした。
それで昨日書いた計画も、ほとんど出来ていない。   という感じ。     これが、私の日々になっていて。





それに気づいた母は、私に説教してきました。
そして説教されるうちに、私の一日の事について質問してきました。




でも質問されてもこの真実を言えなかった。知られると全て私の責任で、どうなるのかが怖くて。



私の態度に母は飽きれて、    二階へと行ってしまいました。


昨日までは外とかに行けたのに。。。昨日までは自分で行動とれたのに。。。と、


自分の中で葛藤が始まり、もうどうしたらいいのか。   思えばささいな話なのに。。。


なんでこんな事で悩まなきゃいけないのか。。。





私が私に飽きれました。





家出しようかな。もう1人でいたい。大嫌いな母なんかに会いたくない。    。。。本当は好きなのに



涙が出ちゃう。
 

ももさん、kogureさん、お返事ありがとうございます

 投稿者:りんご  投稿日:2014年 2月21日(金)23時18分22秒
返信・引用
  自分自身を好きになれないことと、緘黙が治らない事は関係ないと思います。
というか、関係あるという風には書かなかったつもりなのですが、
そのように思わせてしまったのであれば、申し訳ありません。

どんな風に育てても、
それが子どもの望みに叶っていなければ、
思春期などには親に反発したりすることはあるだろうし、
そうなるのはしょうがないのかな、とは思っています。
責められたくない親が多い、とありますが、
親だけでなく、誰しも、自分を責められるというのは嫌なものではないでしょうか。

児童心理については、詳しく学んだことはありませんが、
子どもが場面緘黙症というものではないかと知ったときから、
場面緘黙症に関する書籍を読んだり、
論文(無料で公開しているものなど)を読んだり、
児童心理に関する本で気になるものがあれば読んだりしています。
ですが、大学などで専攻して学んだわけではなく、
素人ですので、正しい認識が出来ているかは分かりません。

病院には行きました。
小学校の担任の紹介で心療内科に行きました。
親子でカウンセリング?のようなものを受けましたが、
積極的な治療というものではなく、
先生自身も治療に関しては詳しくないとのことで、
数か月に一度、状況の報告をするだけでしたので、あまり手ごたえを感じられず、
今では通っておりません。

また、地域の小中学校を周っているカウンセラーの方にもお会いしました。
そちらは、子ども抜きで会う機会が多かったです。
親の悩みを聞いていただくような場で、
子どもの場面緘黙に悩んでいても相談する場がなかった私としては、
話を聞いていただくだけでも楽にはなりましたが、
緘黙の治療という点では、あまり実になると感じられませんでしたので、
今は相談に伺っておりません。

緘黙関係の書籍などを参考にして、
学校(が一番の緊張の場でしたので)でリラックスできるように、
放課後の教室を先生からお借りして、
誰もいない場所で私と(教科書の音読をするという名目で子どもには言っておりました)時間を過ごすようにして、
最初は人の声がすると緊張していた子どもも、
徐々にリラックスして、
人の声がしても、自分の声が相手に聞こえない距離
(実際に私が声を出して、子どもに、どの程度の音量であれば声が届かないか実験したりしました)
ならば、私と会話できるようにまでなりました。
今は、緊張のために声が出せない、というよりは、
今までずっと、学校のみんなの前で声を出したことがないので、
声を聞かれた時の周りの反応が怖い、といったように見えます。
緊張自体はほとんど見られません。

学校で『楽しく』過ごせているかは、
実際の学校の様子を逐一見ているわけではないので、想像するしかありませんが、
本を読むのが好きな子ですので、
周りの子供たちと関わることがなくても、本を読めていれば楽しいと思っているようです。
普通の子供と同じように、「勉強は嫌い」と言いますが、
本がたくさんある学校で、好きな本をたくさん読めることは楽しいようです。

確かに、学校でひと言も喋れないので、
完全にリラックスした状態であるとは言えないと思いますので、
辛いと感じることもあると思います。
私が子どもの緘黙について悲観的になったり辛い顔を見せることは、
子どもにとって負担にしかならないと思うので、
なるべくその話題に関しては、私自身も明るくふるまっていますし、
親子だから何でも話すか、といえばそうではない事は、
私が子どもの頃に親に何でも話したかといえばそうではなかったことから、
我が子もそうであろうと思っています。
男の子ですので、まして、
あまり親にあれこれ話してはくれませんし。

場面緘黙の支援に関する本を読んだり、ネットでいろいろな方の経験談などを見て、
年度初め、始業式前に、新しい担任の先生に親子でお会いして、
息子の苦手とすること、支援して欲しい場面などを話し、
息子も事前に新担任と会うことで、新年度への緊張が和らぐというので、
ここ数年はそれを続けてきました。
現在は、小学校高学年ですが、過疎の地域で、
地域内に小学校も中学校も1校づつしかないので、
中学に行っても、同級生の顔触れは変わりません。
それは、子どもには安心要因である半面、
緘黙を克服するといった場合に、『自分を変える』事が難しいという面もあります。

緘黙経験者で、転校や、進学を機に、
誰も自分を知らない人がいるという場所に行って克服した、という話を聞き、
子どもにも、
「転校して、自分が喋らないという事を知らない人たちばかりのところに行きたい?」
と訊いたことがあります。
ですが、まだ、その時期ではないようで、
今の(喋れないにしろ)自分をよく知っている同級生たちのいる学校の方が、
新しい環境、知らない人ばかりいる学校より、良いと思っているようでした。
本人に『変わりたい』という意思が強くあれば、
地域外の中学に進学というのが難しくても、どうにかしてやりたいという気持ちはあります。

中学までは、同級生も先生も、顔なじみであるという意味で、
支援をお願いすることも、それほど難しい事ではないかとは思うのですが、
心配しているのは、高校になってからです。

おそらく、どの高校を受験するにしても面接はあるかと思いますが、
息子の場合、ショッピングモールなど、知らない人ばかりの場所ではリラックスしているので、
面接の場でも、それなりに受け答えできるのではないか、という期待はしています。
ですが、運よく合格して進学できたとして、
高校の先生方に「息子をどうぞよろしくお願いします」と親が出ていくというのは、
その頃15歳になっている息子は、どう感じるだろう、と思いました。

子どもはいちいち親に、こうして欲しい、ああして欲しい、とは言ってきません。
放課後の教室での音読も、始業式前の新担任との面談も、
子どもを観察して、ここまでならやれそう、とか、
ここは介入した方がいいかもしれない、という判断です。

当事者の意見はとても参考になります。
あの頃、こうして欲しかったとか、こうしてもらってうれしかった、という意見は、
我が子の支援を考えるときに参考にしています。

同じ場面緘黙という症状を抱えていても、十人十色、
様々な性格の方はいらっしゃいますし、
様々な状況がありますので、
こういう支援をしたい、と思っても、叶わないこともありますが、
今後も、いろいろなお話をここで聞けたらいいなと思っています。?
 

親の支援

 投稿者:午前4時の男  投稿日:2014年 2月18日(火)17時43分45秒
返信・引用
  私の息子は緘黙です。
中学生まである友達だけと喋れましたので息子が高校生になって、いじめにあうまで緘黙だと知りませでした。
息子は不登校になり転校しました。
今は高校に通えるように息子はなりました。
私は息子を転校させた事は間違っていないと思っています。
息子の環境を与える事は親の仕事と私は思っています。
 

親のせいだという思考ですが

 投稿者:もも  投稿日:2014年 2月18日(火)10時42分0秒
返信・引用 編集済
  それらを本当は絶たなくては、絶ったところに自立があるし
自分というものがあるわけです。
親も、子供から親のせいだといわれるのを恐れるのも、おかしな話です。●●のせいだという
1つだけの原因にするのは完全におかしい話だと思います。
●●のせいで、という話にしてゆく人は必ず何事も●●のせいだにしてしまうそうです。
そういう思考癖を持っているからです。

私の親などは、全く緘黙に対して何もしなかったので。カウンセリングも、精神科医に見せるのも、保健所などへ相談に行く事もしないまま、本当に放置したまま。
完璧に2才から高校まで、場面かんもくで、友人が一人もいないのに・・。そく、高校卒業したら働け!と就職させたんです。社会というものが、当時わたしは分からなかったものですから、高校卒業したら、自由になれるんだ~って思っていたら、就職でした。
そういう道を歩くのが常識だそうです。ですが、私は非?常識に育ってます。当然、やってけなかったわけで、会社で対人恐怖症を発症しました。
それでも、会社で赤面をどれだけからかわれ、ぎこちない言葉をからかわれ、続けても、同時に仕事をこなすのはとてもハードなことで、わけがわかりませんでした。そしてノイローゼになりました。
それでも、悩みを聞いてくれるような優しい態度を示さず、親だって頑張って働いてるんだ!親の背中を見て育て!と・・本当に人間オンチな母親だったんだな~と、スパルタ過ぎて笑えます。
対等の人間関係というか、親と子であっても、全く違った人格を持ち、違った人間だという認識があまりにもないと、支配という形になって、どれだけ子供が意見を言っても、この意見が正しいんだ!親のいうとおりにしろ!とばかりに、そういう態度に出ます。
喋れないのに、就職させるということが、無謀すぎて、今は亡き母が考えていた事が私には理解できません。
喋れないのに、なんとかなる!と思っていたのでしょう。あまりにも乱暴な育児に思えます。
百歩譲って、緘黙になった事は誰の責任でもない仕方がないこととも思えますが。ですが、それに対して、何も援助してこなかった。手助けが無かった点につきましては、ただの育児放棄と捉えています。
どうしたらよいのかわからなかった親もいることでしょう。。子供もどうしてよいかわからなかったのです。どうしてよいか分からない同士なのに、親は子供に、お前は意気地がない
気が小さい、声が小さいと、・・ぐずぐずするなと、子供への評価を親は下してゆく。

●●のせいだ!社会のせい!夫のせい!じゃなく、もっと理論的に論理的に、今現在どのように対処したら良いのかを考えればよいだけです。
●●のせいも一部はあるだろうだけど、緘黙になってしまったのは仕方がない、それから今、どうするかだと思います。
子供の心に鈍感な人は、自分の心にも、もしかすると鈍感で、そうすると、夫婦関係など他者との間での愛情の交換なども、もしかすると下手なのかな?と思えます。耐えるだけでなく、変えてゆきましょう。緘黙の後遺症を患う人だって、変えてゆかねば後遺症の回復は得られません。。

尚、私は高校まで緘黙でしたが、すぐ就職して、強引に話をしなきゃならない状態になり、話し出しました。
ので、話すこと=未だに苦痛です。トラウマになりました。
そして、就職して三年目に母がなくなり、父だけが残り、それも三年後に亡くなったので、
心をオープンにして話す相手が(両親)が居なくなってしまったのは、私にとっての大打撃でした。それは
今現在、そう思います。
あまりにも感情をオープンにできる相手が少な過ぎたので、その2人を失ってしまってから、感情の会話を素直に正直に出せる相手が居なくなってしまい、会話の上達や感情の上達にかなりの支障をきたしたと思ってます。
今現在でも、周りのうつ病患者でも、躁鬱の患者でも、私の年齢で天涯孤独ってのは居ません。そこで思うのは、依存をする親子関係の甘い構図です。
今も私は後遺症を患ってますから、昔からの安心できる両親がいれば、そこが一番たぶん安心できる場なのです。もし、そこが人間としての成長を阻む場であっても、そこを求めてしまいます。代替になるような場や人がいないからです。だとしたら、そこから離れる事は怖くてできなくなると思います。唯一の人間関係なのです、そこで精神病患者などは、親と依存関係にある中年が非常に多いです。欠けた部分を補いあう関係になります。それほど甘い安住の場はほかにはありません。そういうのが、非常にうらやましく思えます。それは、日本が家族中心というか、あまり個が重視されない世の中であることと、関係していると思います。では、後遺症を抱えて家族がいなくて、心をオープンにまではできない緘黙後遺症者はどうするか?が私の課題です。
孤独感は非常に感じます。時に潰されそうになります。
家族の代替になるもの、なるような関係を探して探って、心を豊かにして人間関係を作ってゆくのが私自身の自己実現の課題になってます。
 

Re: 管理人さんへのお願い

 投稿者:もも  投稿日:2014年 2月18日(火)09時27分33秒
返信・引用
  > No.883[元記事へ]

弥生桜さんへのお返事です。

> ももさんへのお返事です。
>
> 管理人です。
>
> 利用しているこの掲示板では、ご希望のようにするには、新たな掲示板を設置しなければならないのですが、そうすると、かんもくの会のホームページ自体を改造しなければなりません。
> しかし、当面、改造の作業に手を回せない状況ですので、申し訳ありませんが、このままでご容赦下さい。
>

返信を頂ありがとうございます。
弥生桜さんの緘黙への取り組みに日々感銘を受けております。忙しい中、お願いをしてしまい
申し訳ないと思っております。
その中で早急に手を回してくださった事に感謝しております。ホームページというのは私は詳しくないのですが、おっしゃるとおり大変な複雑な作業がいるもののようです。お忙しい中で、説明を頂ありがとうございます。当事者側と保護者側は言ってみれば、反対側の意見を言い合う場合もあります。それはあまり、私自身は生産的な場とは思えません。
ですが、ここの掲示板はあくまで当事者の方のための板と思っております。言葉で話せないわけですから、このような掲示板がある事は後遺症を患う人や、今現在、緘黙で必死に治りたいと思ってる方の支えになっています。
これからも宜しくお願いします。お互いに頑張りましょう
お体に気をつけてお過ごしくださるよう祈っております。
 

Re: 支援の限界

 投稿者:kogure  投稿日:2014年 2月18日(火)01時44分29秒
返信・引用
  りんごさんへのお返事です。

> 自分自身を好きになれないと、こうなってしまった原因に環境とか、親とか、自分の力ではどうにもならないものを考えて、そのせいにして、同じところでぐるぐる考えるだけになってしまう。
> 私がそうだったから、同じように場面かんもくの息子も、親を恨んだりするのかな、と思ってたけれど、息子は学校で一言も喋れなくても、それなりに楽しく過ごしているようだ。
> 私は私なりに、息子が学校で安心できるように、先生と連絡を取り合ったり理解を求めるようにはしているけれど、かんもく症状は変わらないので、高校生くらいになって自分のかんもく症状に悩むようになるようなことがあったら、やはり親を恨むのかな、と思う。
> 一体、どこまで親が介入すればいいのか、本人の自立心を育てたい気持ちと、介入しなければ先生がたの理解を得られないであろうと思う気持ちの間で揺れる。

 場面緘黙の原因として親の育て方がよく語られます。緘黙と言っても、かなり親御さんの対応に問題がありそうな例もあれば、学校での止むを得ない状況から緘黙にならざるを得なかった例もあるようです。もしかすると最近良く言われる遺伝的要因もあるのかもしれません(遺伝について、私は慎重--よく分からない--という立場にいますが)。どんな姿であれ、親の育て方は子どもに大きな影響を与えますが、それだけが原因と決めつけることについても、私は慎重です。簡単に言えないと思っています。

 例えば、りんごさんが、「一体、どこまで親が介入すればいいのか、本人の自立心を育てたい気持ちと、介入しなければ先生がたの理解を得られないであろうと思う気持ちの間で揺れる。」と書かれていますが、そこには親の要因だけでなく、社会(具体的には時代と周囲)の影響が現れています。

 ①「介入しなければ先生がたの理解を得られないであろう」・・・周囲の教師やセラピストは『親が変わらないと子どもは変わらない』(これも、絶対的に正しいとは言えない)。とか、『親が積極的にかかわるべきだ。周囲の者はその支援を行う役割なのだから』(と及び腰でかかわっている)といった無言(ときに有言)の圧力を親御さんが受けていることを示しているのではないでしょうか?

 ②これを言いたくて、投稿したのですが。「自立心を育てたい気持ち」と「介入しなければ」という気持ちが両立しないという時代の思潮の影響があると思います。「自分自身を好きになる」ようになって欲しい気持ちがあり、それには自らそうなるように自立して欲しいという考えは、素直に分かるのですが、「介入」するとそれが実現できないという思いは、時代の思潮の誤りに影響された判断だと思います。

 よちよち歩きの幼児さんを想像してみて下さい。身体を支えて貰ったり、手を引いて貰うなど、たくさんの支援を得て、そのなかでいろいろやって、その中でたくさん学習をして、徐々に出来るようになり、少しずつ自信を得て、自分でやれるという気持ちになり、その結果、自立していくのです。介入しないと、自信がえられないので、チャレンジする状況を避ける方法を学ぶしか無いことになってしまいます。

 支援は、ある種の介入です。幼児さんの歩行の場合、親御さんは転ばないように支えるという支援をすること(安心)で、経験を深め、成功を体験し、苦労もし、徐々に自信を得ていきます。偶然も含めて、自分で努力をして、やれた(成功)という体験から、努力する自分を好きになれるのではないでしょうか?その体験の助走に、周囲の人(親も)の支え(介入)が不可欠だと思います。しかし、今の思潮では、短絡的に(助けないで)自分でやらせることが自立を生み出すと誤解しています。

 必要以上の介入は、子どもにも嫌われます。しかし、必要な介入も、助けられることに慣れない子どもから最初は嫌われます。とくに、急に・強く介入されると誰だって嫌がります。少し控えめに、でも、様子をみて、必要な支援(介入)を続けると、少しずつ子どもが受け容れるようになります。その支援は、最初は弱めで、少しずつ強くなり、子どもの変化に応じて、徐々に弱くフェードアウトして(少しずつ消えて)いきます。

 親のせいだと言うのは簡単ですが、その親は時代や周囲の影響を受けています。そんな中で、専門家の常識が、親の正しい対応と本などに勧められています。絶対受容や安直な自立の考え方は、そのまま親御さんの子育ての指針にはなりません。
 それより、親ばかで、うざったい位の関与になるかも知れませんが、子どもが安心して生きていける精神的支えを、いつでも準備している方がよっぽど良いのでは無いでしょうか?
 

Re: 管理人さんへのお願い

 投稿者:弥生桜  投稿日:2014年 2月17日(月)20時55分10秒
返信・引用
  > No.880[元記事へ]

ももさんへのお返事です。

管理人です。

利用しているこの掲示板では、ご希望のようにするには、新たな掲示板を設置しなければならないのですが、そうすると、かんもくの会のホームページ自体を改造しなければなりません。
しかし、当面、改造の作業に手を回せない状況ですので、申し訳ありませんが、このままでご容赦下さい。

> > 管理人です。
> >
> > 当事者専用のスレッドを設けましたので、そちらをどうぞご利用下さい。
>
>
> ありがとうござます。この頃は寒いですが、弥生桜さんは如何お過ごしでしょうか、
>
> 緘黙を克服しても、後遺症との闘いは辛いものがあります。
>
> 当事者用スレッドは小さくて、どうしても掲示板をクリックするとこの画面になってしまいます。
> 本当にきっぱりと分かれてるような掲示板なら分かりやすいかと思います。勝手なことばかり
>
> 言いましてすみません。
 

Re: 支援の限界

 投稿者:もも  投稿日:2014年 2月17日(月)14時03分21秒
返信・引用 編集済
  > No.881[元記事へ]

りんごさんへのお返事です。

> 自分自身を好きになれないと、こうなってしまった原因に環境とか、親とか、自分の力ではどうにもならないものを考えて、そのせいにして、同じところでぐるぐる考えるだけになってしまう。
> 私がそうだったから、同じように場面かんもくの息子も、親を恨んだりするのかな、と思ってたけれど、息子は学校で一言も喋れなくても、それなりに楽しく過ごしているようだ。
> 私は私なりに、息子が学校で安心できるように、先生と連絡を取り合ったり理解を求めるようにはしているけれど、かんもく症状は変わらないので、高校生くらいになって自分のかんもく症状に悩むようになるようなことがあったら、やはり親を恨むのかな、と思う。
> 一体、どこまで親が介入すればいいのか、本人の自立心を育てたい気持ちと、介入しなければ先生がたの理解を得られないであろうと思う気持ちの間で揺れる。

自分自身を好きになれないと、
原因を環境とか、親とかそいうもののせいにする・・・と書かれています。
自分自身を好きになれたら、原因は環境とか親ではないのでしょうか?環境は全く関係ないのでしょうか?
子供の自立心?とは何を指すか?
自分自身を好きになれないのと、緘黙が治る治らないは全く関係がありません。やや、思い込みを感じます。

とかく責められたくない親が多いように思うが、何も責任がない親もいないのではないかと思う。それは一番コアになるべく人間関係だから。単純に子供の特性とか、の辺りで落ち着きたいのは理解できるが子供は、多分喋らない毎日につらいことも声に出さなくても多いと思う。子供は外で自分を発揮できない分を、家で発揮してるに過ぎない。母親の悲しい顔や辛い顔を見たくないから、楽しく振舞うことすらある。児童心理を学ばれてはいかがかと思います。
子供の将来を死ぬまで見届ける気があるなら、子供の自立心に任せることです。自立心に任せ喋れるようになるのは、割合で考えると本当に少ないと思う。憎まれたくないなら、やれるだけのことをやることだと私は思う。親子で緘黙に対向してゆくことじゃないかな・・。とても難しいですよ。子供だけに対向させて、悩ませた場合に、憎まれる可能性はあるに決まっている。親子で緘黙に対向するというのは、親だって自分の欠点に目を向けなければならないし、でも親が変れば子供が変るのも事実です。

病院に行かれる事だとおもいます。今現在、例えば名古屋市内ですと
大学などで緘黙のカウンセリングなどを安く行っています。しかし、子供でないとダメです。
大人は受け付けてもらえませんでした。
大学のカウンセラーいわく、もっと早くこういう所で訓練できていたらねえ。ごめんなさいね。と
言われました。
子供には、対処しているところが多いです。遊戯などをやらせて、あらゆる手段で子供の心を開放させてゆくそうです。
一言も喋れないなら、楽しく過ごしてるという事はないのではないかと思います。その辺の、感覚の違いは
たとえ子供と親であっても、子供本人しかわかりませんし、私も想像でしかものを言えないですから。
カウンセリングを受けられて、緘黙に対処してみては如何でしょう。
 

支援の限界

 投稿者:りんご  投稿日:2014年 2月17日(月)10時02分21秒
返信・引用
  自分自身を好きになれないと、こうなってしまった原因に環境とか、親とか、自分の力ではどうにもならないものを考えて、そのせいにして、同じところでぐるぐる考えるだけになってしまう。
私がそうだったから、同じように場面かんもくの息子も、親を恨んだりするのかな、と思ってたけれど、息子は学校で一言も喋れなくても、それなりに楽しく過ごしているようだ。
私は私なりに、息子が学校で安心できるように、先生と連絡を取り合ったり理解を求めるようにはしているけれど、かんもく症状は変わらないので、高校生くらいになって自分のかんもく症状に悩むようになるようなことがあったら、やはり親を恨むのかな、と思う。
一体、どこまで親が介入すればいいのか、本人の自立心を育てたい気持ちと、介入しなければ先生がたの理解を得られないであろうと思う気持ちの間で揺れる。
 

Re: 管理人さんへのお願い

 投稿者:もも  投稿日:2014年 2月17日(月)08時56分7秒
返信・引用
  > No.872[元記事へ]

弥生桜さんへのお返事です。

> ももさんへのお返事です。
>
> 管理人です。
>
> 当事者専用のスレッドを設けましたので、そちらをどうぞご利用下さい。


ありがとうござます。この頃は寒いですが、弥生桜さんは如何お過ごしでしょうか、

緘黙を克服しても、後遺症との闘いは辛いものがあります。

当事者用スレッドは小さくて、どうしても掲示板をクリックするとこの画面になってしまいます。

気がつかない人が多いと、中々分けることができないのかなと思いましたが。

自分で作る事が現在できないのに、注文ばかりつけてしまい申し訳ないと思ってます。

私事ですが、

親しい同級生の子供が学校では喋らないという、場面緘黙になっているようです。これには

驚きました。

その家庭のことや同級生のことを、家族同然で接してきたので、私は良く知ってます。

夫婦の仲が悪いことや、同級生自身の人間性などが

私から見て原因になっています。加えて、発達障害でよくかんしゃくを起こすお兄さんの存在も

その次男の緘黙の原因になっているように見えるんです。

家族間の心の問題が、バランスを取ってるような立場の子供に影響して、その子供がいるから

家庭が何とか保たれてるというような・・そういう重圧ですね。

子供というのは、責任感が強いものですから、大人は何とかなります。こどもが犠牲にならないように

と願ってしまいます。

その同級生も、「親があまり喋らなかったから、子供も似るんだわ」と言ってましたが

違うと思います。

心の自立と自由と自由さと楽しさが本当に優しい場、許し許される場であれば、

その子は喋れると思うのです。感情を押し込めて、緊張感漂う家庭内だからこそ、バランスを取ってしまう

のだと思います。

そういうことを考えると大人の緘黙の後遺症の場合にも、そのような場所が必用だと思えます。

同級生には、家では友達とも話せるそうなので、家庭内に友達をなるべくつれてきて、話す事に慣れる

臆することなく喋れる範囲を広げて行くという方法を薦めましたが。

ですが、同級生自身が警戒心が強い性格でもあり、中々難しいかなと思う面もあります。

親と子

緘黙において、切り離せない問題があると目の前の事実で、より確信しました。

本当にきっぱりと分かれてるような掲示板なら分かりやすいかと思います。勝手なことばかり

言いましてすみません。
 

Re: (無題)

 投稿者:kogure  投稿日:2014年 2月15日(土)15時11分6秒
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  > No.865[元記事へ]

ほのかさんへのお返事です。

> 私は現在高2で、最近自分は緘黙症だといろいろなサイトを見て思ってます。
(中略)
> 外大行きたいと言いながら、心のどこかでそんな迷いが消えず悩んでる状態です。
> 病院での治療以外に、何かアドバイス等頂けると助かります<(_ _)>

 お一人ですが、場面緘黙だった方で、語学を学び、学校の先生や相談員のようなお仕事をされている方がいます。今では、言われないと場面緘黙だったとは分からない状態です。その方は、外国語を学んで良かったそうです。このように、場面緘黙だから言語を学ぶのは困難という訳ではないと思います。外国語は、日本語のような敬語などが少なく、かえって喋りやすいのかもしれませんね。
 

Re: 緘黙って、病気ですか?

 投稿者:kogure  投稿日:2014年 2月15日(土)14時59分9秒
返信・引用
  > No.874[元記事へ]

さくらさんへのお返事です。

> ある疑問があります。
>
> 私は小6です。
>
> 場面緘黙症です。
>
> 最後の尾に『症』とありますが、これは症状なのですか?それとも、病気ですか?
>
> お返事、お願いします。

『~症』は症状の名前のときもあるし、病気の名前のこともあります。

まず、「症状」はある特定の状態のことで、血液の中の糖分が多いとか、落ち着きが乏しいとか、血圧が高いなど、さまざまな状態があります。

 ある特定の状況で話せない、あるいは、話すときにものすごく緊張して声が出ないなどの状態を「緘黙」と呼び、その状態が場面(場所や相手)によって非常に強かったり、あまり出なかったりするのを「場面緘黙症」と呼んでいます。
 その意味では、ある状況で、ある特徴的な行動をすること意味して、症状を主に言っている訳です。
 現代は、原因論はあまり掘り下げずに、状態像で分類する傾向がつよくなっていますので、状態像=病名という分類が一般的です。その意味では病気です。
 しかし、場面緘黙症は厳密に言うといろいろな原因が考えられる(ということは、なかなか原因が分からない)ので、現在も研究中の状態像だと思います。その側面に注目すると簡単に病気と決めつけるのは難しいです。少なくとも、状態像がずっと変わらない病気ではなくて、全員ではないのですが、軽くなることもけっこうある状態像と考えて良いでしょう。
 

(無題)

 投稿者:午前4時の男  投稿日:2014年 2月15日(土)08時04分18秒
返信・引用
  間違って投稿のボタンを押してしまいました。すいません。
私の息子も、ほのかさんと同じ高校生です。喋らないという理由で、いじめにあいました。不登校になり、とうとう転校しました。今は学校に行けるようになりましたが、大学に行きたいのかわかりません。
ほのかさんの大学に行く気持ちが息子にあればと、私はほのかさんが羨ましいです。
不安はあると思いますが頑張って下さい、
 

緘黙って、病気ですか?

 投稿者:さくら  投稿日:2014年 2月11日(火)14時18分18秒
返信・引用
  ある疑問があります。

私は小6です。

場面緘黙症です。

最後の尾に『症』とありますが、これは症状なのですか?それとも、病気ですか?

お返事、お願いします。
 

(無題)

 投稿者:心愛  投稿日:2014年 2月 9日(日)01時04分52秒
返信・引用
  緘黙症の中3女子です。
私は、ある女子から嫌がらせを受けています。
わざとぶつかられたり、「邪魔」「しね」など散々言われ続けました。
でも、何一つ言い返さず耐え続けました。
その女子以外にも一部の人から嫌がらせを受けました。
今までは「死にたい」とか思っていましたが、掲示板で、ある女性と出会ってから変わりました。
話せるようになったのではないですが、精神的に強くなりました。
何か言われたりしたら、心の中で言い返せるようになりました。
常に強気でいることができています。
その方には、色々辛いことなどをメールで話しました。
その方は何でも聞いてくださって、励ましてくれました。
その方のおかげで心が軽くなったし強くなれました。
なので、辛い思いをしている方は1人だけでも相談できる人を見つけてほしいです。

私は4月から高校生になります。
高校は、誰も知っている人がいない高校を選びました。
不安もありますが、少しずつでも話せるように頑張りたいです。
 

Re: 管理人さんへのお願い

 投稿者:弥生桜  投稿日:2014年 2月 6日(木)08時08分26秒
返信・引用
  > No.871[元記事へ]

ももさんへのお返事です。

管理人です。

当事者専用のスレッドを設けましたので、そちらをどうぞご利用下さい。
 

管理人さんへのお願い

 投稿者:もも  投稿日:2014年 2月 6日(木)06時26分39秒
返信・引用
  いつもお世話になっております。いかがお過ごしでしょうか?

前から思っていたことですが、緘黙には分離不安など、親と子の関係がどうしても
クローズアップしてしまいます。
この掲示板は、親御さんも緘黙の当事者も同じ場所で書き込んでます。
何かを言えば、親御さんが苦しみ、答えたくても答えられなくて困っています。
別々の枠を設けていただけないでしょうか?
 

(無題)

 投稿者:すみれ  投稿日:2014年 2月 4日(火)11時09分45秒
返信・引用
  ? はじめまして。
私は大学1年の者です。

最近、ネットで初めて場面緘黙症を知り、このサイトを訪れました。
場面緘黙症の特長を見ていると、過去の私に当てはまることが多くありました。
これを知って、私は場面緘黙症だったのではないかと思いました。

私は保育園の時から、仲の良い子意外とはあまり話さず、おとなしめな性格でした。保育園に行く時に、親と離れるのが嫌で、いつも泣いていました。
今思うと、これは分離不安だったのではないかと思います。

本格的に学校で周りの人と話さなくなったのは、小学校2年生の頃からでした。
クラスの子に話しかけられても、首を振るだけで、一言も話さなかったと思います。
でも、保育園の頃から仲の良かった子が3人いて、その子たちとだけは普通に話せたので、他の人とは話さなくてもいいと思っていました。
仲の良かった子と話すときは、周りに他の人がいないところでないと話せませんでした。

家ではおしゃべりでした。私の担任が、学校で私が話さないことを親に伝えたら、親は驚いたそうです。

私が、周りの人と話さないといけないと思い始めたのは小学校6年の終わり頃だったと思います。
中学に入ってから、クラスの子と話すようにしようと決めました。
でも、急に話せるようになる訳もなく、周りの人と自分を比較して、どうして自分は皆のように話せないんだろうと悩みました。そのせいか、中2の頃からうつ病になってしまいました。
中3ではうつ病が悪化し、同級生の男子に悪口を言われ、一時期はとても辛かったです。
そのときの担任と、保育園からの友達がいてくれたおかげで、なんとか乗り切ることができました。


高校に入ってからは、うつは良くなってきて、同級生は優しい人が多く、穏やかに過ごせました。
笑顔でいることを心がけていたせいか、話しかけてくれる友達が何人かいました。話すことは少しずつですが、できるようになっていきました。それでも時々、話があまりできない自分を意識して、悲しくなりました。

大学生になってからは、高校時代よりも明るくなりまました。
小学校の頃から比べると、かなり話すことができるようになったと思います。
でも、自分を客観的に見ると、周囲の人とのコミュニケーション能力の差を感じずにはいられません。
人との間に壁を作ってしまい、打ち解けることができず、よく一緒にいる友達に対しても未だに打ち解けていません。その友達のことは好きなのに、自然に話せないのです。
話をする時は頭で考えてしまって、会話を楽しむということができません。
自分から話しかけるのも苦手で、人の輪の中には入れません。

最近は、自分が周囲の人のように話せないことをまた悩んだせいか、うつの症状が再び出てきました。

自分の事ばかり長々と書いてしまいました。
すみません。

話せるように努力しても、自然に話せずに落ち込むことはあるかと思います。
でも、そこで話せない自分を責めてはいけないのだと思います。責めると、うつになってしまうので…。
今まで努力して変わってきた自分を認めてあげて、他人と自分を比較しない、というのが大事なのではないでしょうか。

話が自然にできなくて、打ち解けられないのは辛いですが、こらからも少しずつ自分を出せるように努力していきたいです。
 

これも かんもくですか?

 投稿者:るりこ  投稿日:2014年 1月 2日(木)18時33分28秒
返信・引用
  相談したいことがあります。 私は 母親といっしょに 母親の父親と
弟が住んでいる家に行きました。家に入る前は 私は 普通に
しゃべることができたのに 家に入ると しゃべることが
できなくなりました。家の外に出ると しゃべることが できました。
しゃべろうとしているのに 声が出なかったのです
 

絵本が ありました

 投稿者:まなみ  投稿日:2014年 1月 2日(木)18時22分35秒
返信・引用
  場面かんもくを理解するための絵本があったので
簡単に紹介します。タイトルは『なっちゃんの声』小学1年生の
なっちゃんは 家でしゃべることができるのに
学校でしゃべることができません しゃべろうとしているのに
声がどうしても 出ません。私は『こんな人が いるんだな』と
思いました。
 

Re: (無題)

 投稿者:ほのか  投稿日:2013年12月22日(日)14時42分49秒
返信・引用
  > No.866[元記事へ]

mamaさんへのお返事です。

お返事ありがとうございます。
克服するのはやはり大変なことだと思いますが…少しずつでも進歩できるように頑張ります!
最近は英検の面接も思ったより楽しめたりと、自分でも少しは克服してるのかな?と思う部分もあるので、
そういうところを自信にしていけたらと思います^^

mamaさんの娘さんも、少しずつでもお話できるようになるといいですね。
私も頑張りながら、娘さんのことも応援してます^^
 

Re: (無題)

 投稿者:mama  投稿日:2013年12月22日(日)04時47分26秒
返信・引用
  > No.865[元記事へ]

ほのかさんへ
はじめまして
小学校2年生の娘が場面緘黙です。ほのかさんと同じ頃に発症していると思います。
 先日、場面緘黙経験者の札幌学院大学の大橋伸和さんの講演を聴いてきました。
克服してきた経緯の中で、まさにほのかさんのおっしゃっている
「大学生活へのあこがれ」、「克服したい」という気持ちと、「自分の夢」というキーワードが出てきていました。
本人が自分の状態を理解して「克服したい」というスタート地点に立つまでが大変なんだと聞いています。
ほのかさんは、もう今まさにスタート地点に立っています。
大橋さんの夢は「自分が人の役に立ちたい・恩返しがしたい」ということで、先生を目指しているということでした。講演会も質疑応答も合わせて3時間近くあったのですが、とてもお話しがお上手でびっくりしました。
 いままでいろいろな克服された方のお話を聞いてきましたが、ほのかさんのお話しをうかがっていると
よく似ていると思います。まず、こちらに書きこんで「聞いてみよう」という一歩もすごい勇気だと思います。もちろん、すんなりいくとは思いませんが、緘黙症であってもなくても、夢はそういうものだと思います。
 私自身、ほのかさんと同じように外国語大学を目指したこともありますが、うまくいきませんでした。
でも、英語というか「海外の人とコミュニケーションをとることでいろいろな国の人の考えを聞いてみたい」という気持ちを持ち続けていて、今でも外国の方とスカイプで話してみたり、場合によってはホストファミリーとして家に招くこともあります。どういう形であれ、自分が「こうしたい」という夢をもっていれば、形を変えてでも長期的に絶対叶えることができると思います。
 大橋さんも時間をかけて大学に入学されています。その原動力はやはり「夢」だと思います。

 だれか、自分の状態をわかってくれていて信頼できて、支えてくれるおとなの方がいれば、いいなと思います。
 ほのかさんの心のがんばり、ステップアップを聞くことができて、「うちの娘もそうなってくれたらな」と長期的展望がみることができました。ありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:ほのか  投稿日:2013年12月22日(日)04時07分17秒
返信・引用
  私は現在高2で、最近自分は緘黙症だといろいろなサイトを見て思ってます。
発症は4歳頃で、小学校の6年間は学校でほとんど声を出さずに過ごしました。
学校でも喋れるようになりたいと思っていたのですが、私の学年はずっと1クラスだったのです。
なので「ほのかちゃんは喋らない」と周りも思って接してたので、変わるチャンスもなくて。
ありがたいことに一緒に遊ぶ友達もいて、一部の男子に少々からかわれたこともありましたが、いじめもほぼなく、小学校を卒業しました。
でも中学校に入るとき、「このままじゃダメだ」と、全くのだんまりではなくなりました。
クラスに同じ小学校の子が10人ほどいて、最初授業であたったときはかなり勇気がいりました。
でもなんとか発表し、それから友達に話しかけられたら短い返事はできるようになりました。
高校になって、少し勇気がいりますが、自分からも話しかけるようになりました。
でも、1対1ならば話せるのですが、それ以上になると会話に入っていきにくくて辛いです。
家ではうるさいくらいに話しますし、ふざけたりもするんです。
でも学校となるといつもの自分と違って…。
これでも小学生のころの私と比べるとかなりの進歩なのですが…
学校で楽しく他愛もない話をみんなでしてるみんながすごく羨ましいんです。
家族とは何も問題なく話せるし、親戚とも話したりふざけたりできるんですけど、
学校となるとどうも自分をさらけ出すっていうことが怖いというか抵抗があって…。

そんな私が、外大を目指しています。
でも外大って、言語を学ぶわけですし、当然授業で話し合ったり発表したりとか、そういう授業が多いじゃないですか。
留学とかもしてみたいし、パンフレット見てて楽しそうだな~って思うんですが、その中に私が入っていけるのか、いざ入学できたとしてそこからやっていけるのかがすごく心配です。
いい加減変わりたいし、今まで思うように楽しめなかった学校生活だったり、友達とお話したり…そういうのを楽しみたい!ってすごく思うし、憧れるんです。
でもどうしても自分が変わりきれるかが心配で…。
外大行きたいと言いながら、心のどこかでそんな迷いが消えず悩んでる状態です。
病院での治療以外に、何かアドバイス等頂けると助かります<(_ _)>
 

新聞記事を拝見しました

 投稿者:小村大樹  投稿日:2013年12月 9日(月)03時26分36秒
返信・引用
  私も学校では口のきけない人間でした。
恥ずかしいのか遠慮しているのか自分でも分からないのですが、
言葉を発しようとすると、発していいものかと葛藤があります。
今でも人と話すのがとても苦手で、
かねがね何なのだろうと思っていたのですが、
新聞記事でこちらのサイトが紹介されているのを見て、
初めて場面緘黙症の存在を知りました。

ともすれば周囲からは問題にすらされない症状ですが、
海外の本を日本に紹介し、啓発されている方が居ると知り
とても凄いことだと思います。

活動、頑張って下さい。
 

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