teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


「御代」というタームを使うのは如何か?

 投稿者:松井毅彦  投稿日:2019年 4月26日(金)17時09分33秒
  パブリシャーズ・レビュー白水社版の巻頭エセーを拝読しました。趣旨明快で私もその通りと思いますし、福田歓一氏の「政治学史」の評価も全く同感です。
しかしながら、文中の「御代」という言葉には頗る抵抗があります。
もちろん、元号を時代区分の指標とする発想自体が甚だ無神経極まりないわけで、白水社の識見を疑いますが、それにしても「御代」というタームを用いるのはどうなのでしょうか?天皇制に疑義を呈するような時代状況ではないからこそ、よりセンシティブであるべきと考えます。それが大田さんのスタンディングに適合的であると思いますが。
ちょっと残念な気がします。
不躾な物言いで失礼しました。
 
 

学問を創始する

 投稿者:JK  投稿日:2018年 9月 3日(月)11時41分47秒
  先行研究を幅広く吸収することに、反対しません。自分の学問を立ち上げることにも、反対しません。断片的な個々の情報が、原理に従って体系化されており、実例や実験によって証明されていたら、良いと思います。第3者が、追認するためには、1)思考過程が明確であること、2)物的な証拠があること、3)再現性があることが、求められると思います。実験や反論の余地が残されているならば、学問を立ち上げても良いと思います。  

本の値段

 投稿者:Mr.Y  投稿日:2018年 7月12日(木)07時39分3秒
  太田さんの本はどれが高すぎる 文庫本化するか Kindle 化してください。  

文字化け!【第二次世界対戦と日蓮主義】のえりぬきツイッター!!!

 投稿者:fact サバイバー  投稿日:2016年 4月19日(火)17時42分1秒
編集済
  太平洋戦争と日蓮主義のえりぬきTwitter
文字化け!!!何年経っても直ってない!!

なぜ化けているのか?そしてなぜ誰も言わないのか?
読みたい!
 

本読みましたよー

 投稿者:ハンゾー  投稿日:2016年 2月 1日(月)22時38分31秒
  初めまして。ハンゾーと申します。大田さんの「オウム真理教の精神史」と「宗教学ーブックガイド」読みましたよー。買いましたよ(笑)。『オウム』の方は一言では言い切れませんが、とにかく面白かったです。拙者も宮台や大澤など読みましたが、正直、何を言っているのか私には理解できませんでした。大澤は例のように一見難しそうな言葉でごまかしている感じはありますが、特に宮台は突っ込みどころ満載で意味不明でした。それに対して大田さんの議論は非常に明快で次作も楽しみですね。
「宗教学」のほうは有名な著作をあたかも読んだかのごとく語れるようになるにはもってこいですね。今後の出版予定があれば教えてほしいです。
 

「オウム真理教の精神史」を読んで

 投稿者:大石紘一郎  投稿日:2015年 6月 9日(火)11時08分49秒
  貴著拝読。オウム真理教事件の精神史的背景についての考察は興味深いものでした。p.11に「オウムを論じた学問的著作は、・・・客観的分析を行うことができたか」という問いに関し「明らかに否である」とあります。私自身は2008年の拙著「オウム真理教の政治学」で、相当程度に分析できたと考えているのですが、どうでしょう?お時間のある折、ご笑覧いただければ幸甚です。  

質問

 投稿者:日曜建築史研究家  投稿日:2013年11月13日(水)14時11分45秒
  大田先生、読者の皆さま、こんにちは。

『現代オカルトの根源―霊性進化論の光と闇』を拝読しました。オカルトを受容する心性―いかがわしいものにリアリティと魅力を感じ取ってしまう心の働き―を少し理解できたように思います。がしかし、それにしてもです。トンデモなお話を脳内であれこれと夢想するのとは異なり、現実世界でヘンテコなものを知覚したら、たいていの人は「なにかおかしいな・・・」と身体的レベルで違和感を覚えるのではないでしょうか。

例えば、ご著書の中で紹介されているナチズムによるアーリア人至上主義。金髪碧眼アーリア人を優良とまじめに信じる人たちは、それらの条件を全く備えていなく、見目麗しくはない総統ヒトラーをどんな想いで見つめていたのだろうか?と。
身近な例では、街中にある宗教法人のヘンテコな建物もそうです。ご著書で紹介されている某新興宗教団体の建物は、遠目にはヨーロッパ調やギリシア神殿のような壮麗な外観でも、近くで見ればうすら寒いハリボテです。何故こんなヘンテコなものを現実に見て、そのヘンテコな中でトンデモな話を聞かされても入信する人がいるのだろうか?と不思議でなりません。

大田先生はその辺りをどう考えておられるのでしょうか。認知的不協和理論などは存じております。お忙しいことと思います。いつでもお手すきの時にご教示いただければ幸いです。
 

院生時代の河合隼雄

 投稿者:イワン  投稿日:2013年 6月 9日(日)11時48分30秒
  大田俊寛先生、読者の皆さんこんにちは。

さて私は、天理にしても京都もまた観光で訪れたことがあります。そこで思うことは、「果たして河合隼雄はこの長い行程を大学院在学中にかわることなく往復したのか」ということです。まず天理高校から旧国鉄駅、近鉄駅に徒歩で行くとなると最低15分はかかります。そこから電車に乗ってダイレクトで京都駅まで行ければいいのですが、必ず桜井線や天理線から乗り換えが必要です。さて京都駅に着いた。そこからの乗り物は、河合の時代なら市電、つまり路面電車となります。そうすると片道でゆうに2時間半かかるのですから、往復なら5時間です。いくら当時の河合が若かったとしても、そんなハードなスケジュールで大学院の入学から卒業までの過程を、完遂することは不可能ではないかと以前から思っていました。

私と同様の疑問を持っていたある研究者のブログを紹介します。このブログ、アクセスが殺到したため、開設者はブログ記事の更新を停止したそうです。大変読み応えのあるブログですし、最近友人から教えられたばかりですから、まだ全部は読み切っていませんが、すべて読む価値があると思っています。

http://ykuno.jugem.jp/?eid=1186
 

得体の知れない「学」を僭称する人々にご用心

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年12月 8日(土)17時53分24秒
  コスモスさま&秋桜さま

掲示板にご投稿いただき、ありがとうございます。
私事で取り込んでおり、ご返答が遅れ申し訳ありません。

松岡正剛氏につきましては、私は一冊も著作を読んだことがなく、どのような人物なのか、ほとんど存じ上げておりません。ネット上で調べ物をするとき、『千夜千冊』のサイトには時々お世話になっているため、それほど悪いイメージがあるわけではないのですが。

書き込みの内容が事実であるとすれば、多くの分野に手を出してはいるものの、結局のところ何が専門なのかよく分からない、どういう問いに責任をもって答えてくれる人なのか分からない、ということなのでしょうね。80年代のニューアカやポストモダニズムにおいては、多種多様な情報を集積することによって万能の存在になれる、という幻想が蔓延していたという経緯があり、松岡氏の提唱する「編集工学」も、その名残であるように思われます。

例えば中沢新一氏は、「芸術人類学」や「野生の科学」を提唱していますが、実際にはそれらはただのキャッチコピーに過ぎず、そんな学問は存在しないわけですよね。中沢氏や松岡氏に限らず、気楽に何らかの「学」を創始する人は後を絶ちませんが、実際に一つの学を立ち上げて継続していくというのは、容易なことではありません。近代になって、経済学、社会学、心理学、人類学、そして宗教学など、多種多様な新学問が登場しました。しかしこれらの学問も、未だ二〇〇年前後の歴史しか持っておらず、今後も存続していくかどうかはまったく分かりません。何か決定的な欠陥が存在することが証明され、学としては消滅するかもしれない。

新しい学問を気楽に創始する人々は、そもそも一つの学を担うということはどういうことかを、まったく理解していないのだと思います。それで「明示的な理論構築はできないけれども、とりあえず俺の言うことを聞け」ということになってしまうのでしょう。(ちなみに私は、このような現象を「アカデミック・カルト」と呼んでいます。)若い人々に対しては、学問としての理論やディシプリンが蔑(ないがし)ろにされ、個人の魅力だけで成り立っているような集団には極力近づかないように、と警告を発しておきたいと思います。
 

ご参考に。

 投稿者:秋桜  投稿日:2012年12月 4日(火)17時54分15秒
  ◆利害関係にあった二流タレント文化人&二流精神科医の香山リカ
「(略)イベントで松岡さんといっしょになりそうなときには、私はあえて欠席するなどして、何とか顔を直接、合わせないようにと努力してきた。もし、顔を見てしまったら、その瞬間に自制心を失って、「どうしてこんなところにいるんだ!あんたのおかげで人生を棒に振った人もたくさんいるんだぞ!」と公害の企業の社長に詰め寄る被害者家族のような態度を取ってしまいかねない、と思ったからだ。」(p.122)

「(略)工作舎(※松岡正剛が作った出版社)やニューアカ用語を駆使して禅問答のようなやり取りを際限なく繰り返す人と、(略)固有名詞や商品名を連ねることでしか自分を語ることのできない人は、ふたつの点において本質的には同じだと考えられる。どちらも、それほど深い意味はない、という点においてと、こういったもの言いの本当の目的は「このお作法に従えない人はあっちに行って」という排他のゲームにある、という点においてだ。(p.212)」『ポケットは80年代がいっぱい』

◆利害関係にあったネット系出版社の一流編集者
「編集工学(笑)。紺屋の白袴。」

◆利害関係のない一流編集者&一流翻訳家
「編集者でも思想家でもない、単なる山師。素人の大食い。残る本を一冊も書いてない。」
 

レンタル掲示板
/14