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ご投稿有難うございます

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2011年11月 5日(土)22時39分49秒
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  高橋英利さん、オブローモフさん、ご投稿いただき有難うございます。

オウム事件は、日本の宗教学が根本的に歪んだ状態にあるということが如実に示された出来事であったと思います。あの時点で、それまでの前提をいったんすべて取り払い、「そもそも宗教とは何なのか」という出発点から議論をやり直すべきだったのですが、そうした作業に着手した研究者は一人もいませんでした。立場や看板をすげ替えただけで、多くの宗教学者が、今もオウム事件以前と同じことを言い続けています。私はそのことが、高橋さんの「傷が癒えない」一つの原因となっているのではないかと思います。

高橋さんとは、直接お会いする話を進めていますので、その際にまた詳しくお話しできれば、と思っております。

80年代のバブル期、私はまだ子どもでしたので、当時の雰囲気が正確には分からないのですが、多くの日本人が何らかの形で「全能感」に酔い痴れていたのでは、と考えます。一方では、世界における経済的覇権を握ることによる「全能感」がありました。他方、それに違和感を覚えた人も沢山おり、彼らはポストモダニズム的な革命思想や超人思想、あるいはオウムのような精神世界運動に身を投じることによって、資本主義全能論に異議を唱えた。しかし、そういった人々も実は、別の種類の歪な「全能感」を追い求めていた。90年代に入り、バブル崩壊・オウム事件が起こることによって、資本主義的全能感と反資本主義的全能感の両方が潰えてしまい、あらゆる希望が見失われてしまったというのが、今の日本社会の現状ではないかと、私は考えています。

http://gnosticthinking.nobody.jp/

 
 
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