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G(グルジェフ)と麻原

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2012年 2月12日(日)15時10分47秒
  大田さん

どうもこんにちは。ご返信ありがとうございます。
風邪が流行っているようですね。かくいう私も先々週から喉をやられてしまい、かなり長引いております。
お互い気をつけたいですね。

ところで、今回のお話は、ちょっと待ち望んでいただけあって、興味深いものでした。
やはり、ここで語り合えることは有意義です。

■G(グルジェフ)と麻原
グルジェフの問題は、ちょっと微妙な話になるんです。誤解を恐れずに議論すると、深入りせざるを得なくなりそうで、それこそ「いざなわれてしまって」いることに気がついて、止めたくなってしまうのです。。。

これは僕個人的な話かもしれませんが、僕は麻原からの影響よりもグルジェフからの影響のほうが強かったのではないか?
というのが自己分析です。

彼の言説には、ラカンが仕組んでいる企みとほぼ同等の罠が仕掛けられています。
彼も公然と「君達の眠っている思考センターを活性化させるために敢えて解り難く語っている。」とどこかで述べており、『ベルゼバブの孫への手紙』はそうした思想的態度で書かれた本です。

かなり癖のある人物なので、生理的に嫌な人は近づきもしないと思いますが、当時僕はなぜか吸い寄せられていきました。
入り口は思想からではなく音楽でした。JAZZのキースジャレットの音楽に、Gの影響が見えます。(Gは舞踏作家でもありました。)ブライアン・イーノも確かそうです。そしてキング・クリムゾンなどを愛聴していました。

かなり躊躇いがあるので、おいおい語り落としていきたいと思います。ただし、大田さんはさすが、核心部分に気がつかれているな…と感じています。僕がグルジェフの思想に触れていたとき、僕はもはや通常の生活を送れるような状況にはなく、単位は全て取っていたので周囲には気がつかれにくかったですが、大学には登校拒否、挙句留年していた時期であり、この頃の精神的荒廃状態は耐え難いものでした。グルジェフの思想によりかろうじて自分をとどめていたのか、或いはグルジェフの思想によりこうなってしまったのか…その頃の2年間は、僕は人とまったく会話をしていません。まるで自分が人類から蚊帳の外に置かれてしまったかのような感覚で、空ばかりを眺め、時折飛来するヘリコプターを不思議そうに眺めていました。

人間は、自分達の置かれている状況に全く気がつかづに、悪しき習慣に陥り、生の神秘性にも気がつかぬまま死にいたる。
グルジェフのメッセージを還元すればこのように言われていたように思います。

…あれは、オウムの問題を語るのに、なかなか「迫れる」モデルなのです。
当時、有識者にグルジェフとの比較をさかんに述べていた僕なのですが、グルジェフ自体を知らない人が多かったため、オウム問題で語りたかった事がなかなかうまく伝えられなかったです。

僕が当時はじめてグルイズム批判を展開したのは、グルジェフ批判を暗に込めていました。
そしてそれができたのは、あの事件の背景にあった求心力の根源に、この体系があると感づいたからです。
大田さんがお気づきのように、それと似た匂いを確かに僕は感じていました。

オウムの深層に横たわっているものへしっかりと見定め、批判するには、グルジェフの深層を捉えて批判する道を経由しなければならないだろうと、僕は想っています。しかしどちらの哲学も、かなり難解で細かな部分で深いパラドックスが存在しているのです。
あまり急いで進むと見落とされるものが多く出てくると懸念しています。

真我論も他のものとは少し様子が違うものと想われます。確かにエニアグラムはルーツとしてグルジェフが広め、その後、弟子が味付けして発展させ「性格分析ツール」として世に広めたため、まったく無自覚で心のベクトルもないもの達に向かっての占い的な軽い「勧誘」の様相が生じていると思います。しかし今巷で流行っているエニアグラムをグルジェフの思想体系と同じものだとするのはよくないと思います。エニアグラム学会のプロパガンダはグルジェフ思想とは別のものだというのが僕の考えです。

グルジェフのエニアグラムは秘教なのです。当時彼はこのエニアグラムというシステムを、うやうやしく、自分のほんの一握りの弟子達にしか伝えておらず、しかも口伝でした。そして、あの有名なウスペンスキーの『奇蹟を求めて』の出版に対しては、グルジェフにとって違反行為だったのです。ウスペンスキーは、自分のかつてのグルであるグルジェフの思想を紹介しながらも、自分はそこを離れていったいきさつや、彼との取り組み方の相違を口にして、敢えて「秘教」を公表するに至りました。

古代の秘教とされるエニアグラムの発見をしたグルジェフが隠し、彼の弟子が不本意ながら公表することで、グルジェフの名とエニアグラムというシステムが世に知れ渡ることとなりました。

ところで、オウムの構造として似ている事を示唆して頂きましたが、当時分析された中で有名なのは、ラジニーシとの比較でした。
知名度でいって彼のほうが上回り、かつ古参のオウム信者の中に、ラジニーシ経由の弟子が何人かいたために、宗教組織構築の際に参考にされたことは既に知られているとおりです。

そしてこのO(和尚ラジニーシ)はかなりグルジェフの思想にかぶれてることは彼の著書を見ればわかることと思います。
そして、K(クリシュナムルティ)の行動に露骨な嫉妬心があることも明らかで、当時のニューエイジの神秘思想を捉える上でこの3人は無視できないと僕は想っています。

…ただし、現実には、麻原はG(グルジェフ)を知らなかったのです。
Kについては、信じられないほど高い評価でした。(これは現在僕の中で謎の言葉です。)
実際に僕自身が、彼に直接話を持ちかけ回答を得ているので、その時の様子を紹介いたします。

○当時の私(1994年12月頃):尊師はグルジェフをご存知ですか?(もちろん知っていると思い込んでの質問だった)
○麻原:残念ながら私は名前しか知らないのだよね。。。彼はどういう人物なんだ?どういう思想なのか?
○当時の私:形は違いますが、オウムとかなり似ていると思います。彼もチベット密教を密かに学んでいたという噂がありますし…
○当時の私:もう一人気になる人物がいるのです。クリシュナムルティのことはどう想われますか?
○麻原:彼か…彼はひょっとするとキリストの生まれ変わりだったかも知れない。彼のオーラは悲哀ににた救済者の色をしているんだよ。

彼がグルジェフのことを知らないと知って、僕はこの時胸をなでおろしました。
この安堵感は、グルジェフの恐さを知らない人にはわからないと思います。
そして、彼がエニアグラムも知らないことをしって、正直少しほっとしたのです。
実はグルジェフのほうが遥かに高度な知恵を持っていたと僕は感じており、彼ほどには危険ではないと僕は誤解していました。
(グルジェフには悪名高いSTOPという修行とSuper Effortというものがありました。よく死人が出なかったなと思います)
(オウムには狂気の集中修行というものがありました。その後の様々な修行では死者が出ており隠蔽しています)

結果的には社会的にも現実面でも、麻原のほうが<わかりやすい>危険人物でした。
しかし、僕は今もって深い部分では、グルジェフの探求していたこと(人間の意識的な進化)は<高度でわかりにくい>けれども、間違いなく危険な試みで、何か未分化の不備があったのだ…と想っています。

なので取り組みとしてはオウム問題を題材にしながら同様にしてグルジェフの問題を解体しうると僕は感じています。

またもう一つの視点があります。
「グルジェフはグルジェフの思想についていけなかった」…という点です。
弟子のウスペンスキーが同様のことを指摘し、彼の元を去っています。

これは麻原にも同じことが言えるのではないかと想うのですが、まだグルジェフほどの失態を演じきっていないのです。
裁判の状況を見れば、「え?」と想われるかもしれないのですが…

※G自身および信者は、宇宙の法則から彼だけは解放されていると想っていたようです。そして交通事故を起し瀕死の重傷を患ったことで、多くの弟子が動揺し、離れていくきっかけをつくりました。

※彼(麻原)は、最後まで自分の進むべき道は誤っていないと確信していた点で「意気消沈」はしていないように見受けられます。
精神障害は生じていたとしても、それは「思想温存」という「逃げ」であり、自分の過ちを「引き受け」「悔悟」しているように見えないのです。敢えて悪業を行い、それこそが救済であると信じている点が、恐ろしいです。
救済のためなら、敢えて地獄に一旦落ちようとも構わない…という意表をつく大胆で屈強な意志の持ち主でした。

※Gは交通事故を起した後は、支配的な振る舞いをやめ、隠遁生活に近くなっていきます。
信者にも会おうともしなくなっていくのです。。。

共に己の思想に絶対の自信を持ち合わせていたものが、その末路で「敗北」を味わいます。
しかし、両者ともさほど潔くはありません。

うるおぼえですが、グルジェフは晩年、自分の思想を真に理解する弟子に恵まれなかった…と零しています。
同じような失望感を麻原も言明しています。強制捜査時直前のラジオ説法で彼は、今後高弟たちも教団を離れていくだろうと…意味深の予言を言っていました。
 
 

Re: 『いざなわれている世界』

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年 2月 9日(木)19時51分11秒
  高橋英利様

いつもお世話になっております。
先日は、こちらからの私信にお答えいただき、誠にありがとうございました。
実はあれから、やや心労も重なったのか、ひどく風邪を引いてしまい、体調悪化の状態が続いていました。まだ完治とまでは行きませんが、ほぼ良くなりました。
またしてもご返答が遅れ、申し訳ありません。今後も、ゆっくりとしたペースで意見交換が続けられればと思っております。

■グルジェフについて
グルジェフについては、私はまだまだ知識が足りませんので、多々誤解しているところがあるのかもしれません。以下のホームページで、グルジェフの思想についての概説が行われています。上は鈴木秀子氏のもの、下は、高橋さんの仰るスタンフォード大学系統のもの、ということになるのでしょうか。

国際コミュニオン学会
http://www.enneagram.gr.jp/

エニアグラムアソシエイツ
http://enneagramassociates.com/

これらのホームページを読む限り、グルジェフのエニアグラムは、「本当の自分」を発見するために存在すると説明されています。国際コミュニオン学会では、「エニアグラムとは」の「エニアグラムの目的」という節に、「そしてまず本当の自分、つまり本質を探し出し、それを前提にあなたにまとわり付いているこだわりやためらい、恐怖、過信 などを自覚し、あなたの”本当の可能性”を伸ばすためのバランスを回復させるのだ」という記述があります。そしてエニアグラムアソシエイツでは、「エニアグラムとは」の項目に、「エニアグラム図のなかには、わたしたちが真の自己を理解し、本来の自分自身へと至る道が示されています」と記されています。

私は現時点において、グルジェフ思想の体系とは、自分自身の否定的側面(「囚われ」と呼ばれているようです)を直視することによって精神的に成長し、「本当の自分」に目覚めることを目的としているのではないか、と考えています。私が先に「グルジェフの真我論」と呼んだのは、このような内容を指しています。

そして私がさらに考えるのは、グルジェフのこうした「真我論」は、オウム真理教のそれと基本的に同型なのではないか、ということです。周知のようにオウムにおいては、「カルマ」という過去の囚われから脱し、真我に覚醒することが目指されていました。別の言い方では、「観念」を崩して解脱することが目指された、ということになるでしょうか。

やや筋違いな批判に思われるかもしれませんが、私が懸念するのは、グルジェフの体系とオウムの体系が基本的に同型であるとすれば、果たしてグルジェフのエニアグラムによって、麻原彰晃のパーソナリティを客観的に分析することは可能なのだろうか、ということです。私は、何か別の分析理論を探した方が良いのではないかと考えるのですが、高橋さんは、グルジェフの理論に卓越した利点を認めていらっしゃるのでしょうか。

■レヴィナスとラカンについて
内田氏がここで語っているのは、精神分析で言う「知っていると想定される主体」のことですね。こちらのブログで、その概略が説明されています。

http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20071021/1195234581

精神分析においては、治療者と患者のあいだに「転移」が起こることが重視されます。簡単に言えば、患者が治療者に対して、尊敬や思慕や敵意といった、何らかの感情を抱く必要がある、ということです。そのために治療者は、患者から、「この人は、大切な何かを知っている人だ」と思われなければならない。この人のことをもっと知りたい、という欲望を喚起しなければならない。そしてラカンは、分析家は「知の欲望」を喚起する手管に長けていなければならない──たとえそれがある種の「ペテン」であろうとも──、そして私は、自分のテキストもまたこうした手法で執筆した、ということを、何度か公言しているのです。

要するにラカンは、読者の「知の欲望」を喚起するために、わざと難しく書いた、わざと分からないように書いた、ということを公言しているのですね。ラカンも含め、さまざまな現代思想の理論家は、アラン・ソーカルという人物から「知の欺瞞」として非難されましたが、ラカンにすればそれは、「分かってやっている」ということになるのでしょう。

私自身は、こうした「ペテン的手法による知の欲望の喚起」という問題は、現代思想において初めて現れたものではなく、西洋思想史であれば、フランツ・アントン・メスメルあたりからすでに見られる問題だと考えています。さらに言えば、メスメルとは、「近代的呪術」の創始者と見なすべき人物であり、彼以前にも、呪術的な知の系譜というものが連綿として存在しているのでしょう。こうしたテーマについては、エレンベルガーの『無意識の発見』という心理学説史の書物において、詳しく記されています。

内田樹氏は、ラカンやレヴィナスの言説にこうした「知の欲望の喚起」の手法を見て取り、それを「先生はえらい」という表現に集約させています。内田氏のテキストからは学ぶべきところも多いですが、私は現時点においては、内田氏の思想はオウムのグルイズムを乗り越えることができない、のみならず、その思想を突き詰めれば、むしろグルイズムに帰着してしまうのではないか、と批判的に捉えています(『サイゾー』における島田裕巳氏との対談でも少し語りましたが、知らず知らずのうちに結局は、ヨガや合気道の「師」を礼賛するという、「オカルティズム」の一形態にはまり込んでしまうのです)。重要なのは、こうした呪術的手法に籠絡されてそこに「真理」を見るのではなく、むしろそのメカニズムを解明することなのではないかと思っています。
 

『いざなわれている世界』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2012年 1月21日(土)17時30分3秒
編集済
  大田さん

また少し交流させてください。
言葉が零れ落ちてきます。

いささか唐突ですが…僕の頭の中で繰り広げられている「議論」のひとつです。


…それが言葉の世界であったとしても、現実の世界で出会った人であったとしても、その人の持つ魔性的な魅力がいかんなく発揮されたフィールドにおいては、読み手は彼を「追いかける」ことになる。

【引用はじめ】
レヴィナスとラカンはそのような「わざと分かり難く書く『大人』」である。彼らが量産する「邪悪なまでに難解なテクスト」が狙っているのは、「あなたはそのような難解なテクストを書くことによって、何が言いたいのか?」という「子供の問い」へと読者を誘導することである。そして、その問いを発したまさにその瞬間に、読者は「テクストの意味」ではなく「書き手の欲望」のありかを尋ねる「追う者」のポジションに進んで身を置く事になる。
テキストの語義を追う読みから、書き手の欲望を追う読みへのシフト。
レヴィナスとラカンが「分かりにくく書くこと」で読者にさせようとしているのは、まさにそのことなのである。
『他者と死者』~ラカンによるレヴィナス~/内田樹 p27
【引用終わり】


僕の体験してきた世界では、それは
ニーチェ、ドストエフスキー、リルケ、グルジェフ、クリシュナムルティ…の遺してきた遺産の中で行ってきた。
中でもこのラカンの態度に一番近いのがグルジェフ(彼はもっと性質が悪いだろう)で、彼の罠から逃れることができたのは、クリシュナムルティのおかげだったように想う。(非常に大雑把なことだが…)

それはロゴスの世界から始まって詩的世界、それに数々の宗教思想や神話の世界で、この「謎」に挑んできたように想う。
それはもはや「思想」としての響きより、もっと深い「真理」への扉…そう表現する他ないだろう…を自ら開けてみようと「いざなわれた」のだ。

そして、麻原という「目の前に現れた謎」に関しては、率直に述べたとおり、彼の意図を「追いかける」…はめになった。
その謎解きは、グルジェフの後に続いた難問だった。

もとより彼の事は、出会った当初から、この結末が予想されるような香が漂っていた。
それは、今までの出会ってきた人にはない、むしろ先ほどあげた文字の世界の偉人達のもつ匂いに似ており、しかし絶望的に自虐的なところ(僕はそれを見出している)は、彼らをも超えており、半端がなかった。

彼の深層で感じていたであろう絶望は「自殺」という一個人の身体の領域を超え、教団自体の自殺…そして国家の自殺を招くものだった。それも実行に移すまでの間、極めて理性的に、合理的にプランを練り上げ、他者を巻き込むエネルギーは、彼の信者に留まらず、まさに関わりのない人たちまでも巻き込むような影響力を持ち(その意味で関わりのない人は皆無となったのだ)、まさに危機一髪の「自殺未遂」で事件はようやく収束した。

そして当時、彼の特有の挑発的な説法における言説の中から、この魔性的な言語の中の「毒」を見出し、それを中和させるものは何もなかったし、誰もできはしなかった。気づいているものたちは大勢いたと想うのだが…彼らは、彼の中に落ちていった。

17年の後、その解毒作業に向かう勇敢な思想家が現れたとして、放射能を除去するのと同じく、それが極めて難儀であり、結果的に「避難」するしかない「落ち」になるか、もしくは、錯誤の末、「麻原と闘って勝った」と称す擬人が現れることが予想できる。

正直に自分の弱さを認めたうえで、その脅威に立ち向かうと、初めて「土俵」に上がることができる。
しかし、そこで気づくことがある。。。

この人物、果てしなく「孤独」であり、創世記における「神の寂しさ」に似た切なさを感じさえ、それ故、「何者よりも危うい存在」と成り果てている。

・彼が何を伝えたかったか?
・何をどのように解釈し、その末に、何を行いたかったのか…
それは彼個人の頭の中を超えて零れ落ち、いまや世界に広がっていると想う…

これを汚染と判断するのもひとつの観察であり、
また、これをウイルスの蔓延と捉えることもできるだろう…

そして解毒薬を製造するには、宿主を探し出さなければならないのであり、
それが、表面的にもチベット密教であったのならば、その密部から、その薬が出てくることを期待した。。。

しかし、どうだろう…僕は、チベット密教にはその「解毒薬」がないのだ…ということを生意気にも示したと想う。
そして、その反論すら…されなかったのだ。
 

RE:明けましておめでとうございます

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2012年 1月10日(火)15時18分37秒
  大田さん

どうも。コメントありがとうございます。

■リルケ
リルケは詩人というよりも、一人の哲学者のように感じます。
ただ、その表現も自分の中ではしっくりとは来ず、むしろ、ロゴスの渦からの解放者だと僕は想っています。
なので、詩の中で表現される言葉の中に、思推を見出せますし、それが芸術的な戯れに陥っているとは捉えていません。
奥深い詩の世界は、神話を読むときに感じたような気配を感じさせてくれます。

僕は好きですね…少なくともニーチェを超える驚きがありました。お勧めの詩人の一人です。

■エニアグラム
エニアグラムはグルジェフによるものと性格分析ツールによるものと2種類ございます。
この二つは、厳密には違うもので、ルーツとなるグルジェフのエニアグラムでは、性格分析ツールまでは発展させていませんが、3つの中枢(本能、感情、思考)と呼ばれる考え方は、それよりもっと単純な構成でありながら示唆に富む内容があります。

また、グルジェフィアンの人たちは、少し性格分析ツールのエニアグラムを蔑視している傾向があります。。。
(エニアグラムの可能性を狭めてしまったと捉えられています。)
ですが、性格分析ツールのエニアグラムも深く研究され発展してきているので、面白い示唆があります。
精神疾患とエニアグラムタイプの関連の研究は、なるほど…と思わせるものがあります。

エニアグラムに長けてくると、ブレードランナーのように、相手の特定の行動様式から、どんな人物であり、どんな囚われを持っているのかが見定めやすくなります。(でも、エニアグラムはあくまでメソッド、ツールとしての位置づけで僕は取り組んでいます。)

お勧めは、リソ&ハドソンの研究によるものですが、スタンフォード大学で何人かの研究者がいたと思います。
鈴木秀子さんは、日本に始めて紹介した人ではありますが、あまり本の内容的には刺激を受けませんでした。

■ユング、フロイト
僕はこれまで、特にユングやフロイトを主軸に置いて着眼してみたことがありません。
ユングのタイプ論とグルジェフのものが似ている…というのはあくまでも主観的な印象になると想います。
それとは、ぜんぜん違うものだと僕は思いますが、それを裏付けるほどの研究をしていませんので、ここはコメントできません。

>さまざまなタイプに分類される「自我意識」を脱却すれば、その奥に「本当に自分」が潜んでいるというユングやグルジェフの「真我論」

誤読だと想われます。
もしくは、還元するとそこに至るのかもしれませんが、かなり「大雑把な」捉え方だと思います。

■真我論
グルジェフの真我論。。。?ちょっと意外でした。
なので真意が解らないですが、彼の人間への捉え方で代表的なものは以下になります。

人間をひとつの馬車にたとえることができる。
車(荷車・客車)・馬・御者・主人 と

彼の自己想起という提案は、真我を見出せというものとは、かなり違うものです。
自分の中の<馬>がのどが渇いているのに、にんじんを差し出しても動きはしないんだ…というようなことを
述べています。そして主人に気づいても居ない状態でただ御者が馬を叩いて走っている状態…などを示唆したりしています。

これは上記の3つの中枢の理論の土台となり、エニアグラムへと発展していきます。
ユングの思想が「真我を見出すこと」であったのかどうかも僕は知らないので解らないです。
彼はオカルティックではありましたが、「本当の自分を見失って探している」人だったのでしょうか?

■ルー・アンドレアス・サロメ
ちょっと、ここでは出てきませんでしたが、
ニーチェが恋し、振られてしまった相手で、後に、リルケを愛し、フロイトの弟子になるルー・サロメにも着目しておきたいですね。精神的に病んだ哲学者と詩人を相手に深く心と精神に分け入りながら、フロイトに共鳴していた彼女は特異な位置に居ます。


■ゾロアスター教の二元論
僕は、影響はあると思っています。あまりメジャーでないため研究されていないだけなのではないのかと。。。
別にそこまで古代を持ち出すまでもないのですが、もし仏教やキリスト教まで言及するのであれば、まずその前に「救済思想」つまり、ミトラ、マイトレーヤについての洞察があってしかるべきだと感じるからです。

また、先生のおっしゃる「ロマン主義的で原理主義的なものだった」という研究成果を否定するものではありません。
ですが、近代という位置づけに僕は「こだわって」いないです。
むしろ、日本の宗教学が、近代宗教をターゲットにする段階で、明治以降の研究に比重がどうしても偏っているのではないかと僕は感じます。もちろん、確かに神道が国家神道に変遷したり、非常に興味深い動きをはじめますので、そちらの研究は意義深いものだと感じています。


■グノーシス主義における惑星天の扱いについて
いずれにしても、太陽系内の天体に限られている点で、少し残念なのは、…残念でならないのは、
宗教的な神の系譜や宇宙構造の中に、銀河的な視点まで、発展した形跡を見出せない点です。

で、これは意外ですし、その意味でグノーシス主義の時代の天文学が、もっと前のマヤ文明などに遥かに劣っていたと捉えることができます。

神話と言う科学の制約を一切受けない思考体系の中に、目に見えないものがふんだんに散りばめられ、人の想像の極みを表現しうる土俵において、「惑星天」という視野範囲の狭さに驚くのです。

ヨハネのアポクリフォンの宇宙観が、あそこまで広がっているのに、バランスを欠いており、僕には意外でした。
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:大田俊寛  投稿日:2012年 1月 5日(木)15時13分55秒
  明けましておめでとうございます。新年早々、平田信容疑者の出頭という出来事があり、まだまだオウム事件は終わっていないということを印象づける年明けになりましたね。

高橋英利さん、返答が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。年末年始のドタバタも一通り過ぎ去り、通常の生活リズムが戻ってきましたので、徐々に私からもリプライさせていただきたいと思います。とはいえ、高橋さんからの書き込みが沢山溜まってしまいましたので、まずは簡単に答えられる範囲で。

■リルケの詩、エニアグラムについて
リルケの「鏡像」という詩は、美しいですが、かなり難解ですね。詩を読み慣れていない私には十分に理解することはできませんが、確かにグノーシス主義の鏡像論と似たモチーフを感じます。自己同一性をもたらすとともに、他者によって収奪されてゆく、鏡像の両義性を指摘しているという点で。

グルジェフのエニアグラムについては、鈴木秀子さんの『9つの性格』くらいしか手元に参考文献がなく、これも私には十分に理解することができません。何かお薦めの文献がありましたら、教えていただけますでしょうか。

鈴木秀子さんの本をパラパラと読み返した限りでは、グルジェフのエニアグラムは、ユングの唱えていたタイプ論やペルソナ論と似たところがあると感じました。フロイトも含むさまざまな深層心理学は、これまで多くの誤謬を犯してしまったため、慎重な研究者には敬遠されているところがありますが、過去の失敗を真摯に反省し、再び理論を適切に整理すれば、私にはまだまだそこから汲むべき事柄があるように思えます。

さまざまなタイプに分類される「自我意識」を脱却すれば、その奥に「本当に自分」が潜んでいるというユングやグルジェフの「真我論」は、私にはとても許容できないものですが、人間が他者の欲望を引きつけるため、あるいは社会と折り合ってゆくために種々の「ペルソナ」をまとい、複数の自我意識を持っているという考え方は、とても面白いと思います。例えば、岡野憲一郎さんの『心のマルチ・ネットワーク 脳と心の多重理論』では、人間の意識にはもともと複数の人格が宿っており、それらのあいだの絶えざる「内なる対話」によって意志決定が為されているという理論が提示されており、私は興味深く読みました。こういった理論を発展させてゆけば、これまで「神秘経験」や「宗教経験」と呼ばれてきたものが、より詳細に分析できるのかもしれません。それによって麻原のパーソナリティが分析できるのかは微妙ですが・・・。

■ゾロアスター教の二元論について
「ラーフラ」氏に関する興味深いエピソードを教えていただき、有難うございます。お会いした際にお話ししたとおり、私自身はオウムの二元論は、ゾロアスター教的と言うより、ロマン主義的で原理主義的なものではないかと考えています。古代思想を扱う上で重要な点は、近代の「色眼鏡」を通してそれを解釈するのではなく、その思想が当時の歴史的背景においてどのような仕方で存在していたのかを、冷静に考察することです。ゾロアスター教について考える場合でも、まずは『アヴェスター』という文献を正確に読み解くところから始めなければならないと思います(私はゾロアスター教の文献をまったく読んだことがないため、まだ何とも言えないのですが)。ゾロアスター教にせよグノーシス主義にせよ、古代の文献を自分で読んでみると、得てして、さまざまな研究書で語られているものとはかなり違うという印象を受けるものです。

ユングも繰り返し主張していることですが、近代のロマン主義においては、精神の深層に到達するためには人はいったん「悪」の領域を通過しなければならないという理屈から、「悪の存在の肯定性」が語られるようになりました。こうした善悪論は、私の知る限り、古代思想にはまったく存在しないものです。麻原が自分を「悪魔」である可能性について語ったという事柄に対しても、私にはそれは、とても近代的な言説であるように感じられます。

■グノーシス主義における惑星天の扱いについて
>この7つの惑星天の神々というのは、現在週の呼び名になっている、土日月火水木金を
>表すのだろうけれども、本来の惑わす星=惑星に該当するのは、土星、火星、水星、金
>星、木星の5つだけであり、月と太陽の天に表現されている様を見れば一目瞭然ですが、
>惑わす星と認識されるのは、考えにくいです…

うーん、なるほど。確かに近代の天体論で言えば、太陽は恒星、月は衛星であり、惑星ではないですね・・・。私はこの点に関心が薄く、あまり配慮していませんでした。占星術に詳しい高橋さんの方が、よくご存じの事柄かもしれません。

実は「グノーシス主義」の文献のあいだでも、その宇宙像は細かな点で相互に食い違っています。しかし全体として言えば、古代末期の宇宙論においては、宇宙を「恒星天」「惑星天」「月下界」に三分するのが通例であり、グノーシス主義も大枠でそれに倣っていると考えることができます。例えば、グノーシス主義とも関係が深い中期プラトン主義者アルキノスの『プラトン哲学要綱』というテキストでは、次のような記述があります。

「さて、惑星天内には七つの天球が存在するので、神は素材の大部分を火から取りながら、目に見える七つの天体を創造して、「別のもの」の彷徨える軌道から成る(七つの)天球に配置した。月を神は地上から見て最初の軌道に置いた。太陽は二番目の軌道に置き、金星およびヘルメスの聖なる星と呼ばれる惑星(=水星)は、速度の点では太陽と同じだが、太陽からは離れている軌道に配置した。さらにその上方のそれぞれ固有の天球には他の惑星を置いた。それらの内でもっとも動きが遅い惑星すなわち、人々がクロノスと呼ぶ星(=土星)は、恒星天のすぐ下に横たわる天球に置き、その下には、動きの遅さでそれに次ぐもの、すなわち、ゼウスとあだ名される惑星(=木星)、さらにその下にはアレスの惑星(=火星)を置いた。第八の天球には至上の大能があって、すべてのものを包み込んでいる。」(大貫隆『グノーシス考』三〇五~三〇六頁の翻訳)

このように、古代末期の宇宙論では、太陽や月は「惑星天」に属すると考えられていたようなのです。しかし、現代的な観点からすればそれは、「七曜天」とでも称するべきなのかもしれないですね。
 

『グノーシス主義における星辰の神々の扱い』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2012年 1月 2日(月)20時26分32秒
  大田さん

新年明けましておめでとうございます。

『ポイマンドレース』の項で、惑星天の関与、役割が触れられていますね…
興味深い内容でした。

【引用はじめ】
『変身物語』で自分自身に見惚れるナルキッソスの姿を精霊のエコーがそのそばで密かに見つめていたように、『ポイマンドレース』においても、水面に映った自分自身に見惚れる人間を、その他の存在者が密かに見つめている。それは惑星天の神々である七人の「支配者」たちであり、さらには、人間の姿を映し出している「フェシス」そのものである。これらの星辰の神々と「自然」は、自らの持つ性愛的性質を少しずつ人間に分け与え、彼を愛欲の渦の中へと沈み込ませてしまう。
p86 『グノーシス主義の思想』

グノーシス主義が持つ最大の特徴とは、それまで連綿と続いてきた「古代宇宙論」の否定、特に星辰崇拝に対する根源的な否定である…そうである。
p87 『グノーシス主義の思想』

星辰崇拝が当時のローマ帝国において、皇帝崇拝という政治的イデオロギーと密接に結びついていた事実を踏まえて、それはひとつの「挑戦」であった…という。
p88 『グノーシス主義の思想』
【引用終わり】

僕はこれは大胆なことだなと感じました。(神話や思想はそれ自体旧来の思想体系を乗り越えるものだとしても。)

この7つの惑星天の神々というのは、現在週の呼び名になっている、土日月火水木金を表すのだろうけれども、本来の惑わす星=惑星に該当するのは、土星、火星、水星、金星、木星の5つだけであり、月と太陽の天に表現されている様を見れば一目瞭然ですが、惑わす星と認識されるのは、考えにくいです…

つまり、7つすべての星辰の神々が一様に「格下げ」される思想には、無理があり、たとえ、そうであったとしても、それに異を唱えるものが後に出てきて当然であり、その過程で熟成され、吟味されてゆくことを考えると、太陽と月の役割までも、一緒になって悪しき存在とされてゆくのは、いささか星辰の神々にとって、「冤罪」に近い印象を与えていると思います。

その思想変遷がどのようなものだったのでしょうか…

たとえ、当時の「古代宇宙論」への否定的原動力としてグノーシス主義の本質が生じたとしても、この違和感はぬぐいきれない感覚として、残ります。

惑星は、天に位置する座標を、周囲の「恒星」たちとは違い、刻々と変動させ、時に「逆行」現象をおこしながら進むために、観測する古代人にとりわけ注目され、不可思議なものと映った事は容易に想像できます。そして、それ自体を畏れ、それはプラスに働けば、畏怖を持って神とされ、逆にマイナスと捉えられれば、自分達を騙すものとして、悪魔化されるのも、容易にイメージできます。

では、太陽は?というと恒星であり、昼を作りだしており、月や他の惑星達を照らしている。太陽神は別格のはず…。

月は月で、たしかに「自ずから輝けない」という点で惑星達と同じく、劣っているけれども、「みちかけ」があり、正確なリズムが生態系と連動されていることは、当時の古代人達にも周知の事実であったはず。つまり月の観測が恩恵をもたらす事はあっても、魔の存在として取り上げられるほど不利益な存在として捉えられていたとは思いにくい…。(※日食や月食は別にして)

だとすると、ますます、7つの星辰の神々を一纏めにして、引きづり降ろす思想が神話化されるのには、もっと別の観点が必要になってくるはずです。そこが謎として残ります。

で、太陽すら越える存在を見つめての神話体系なのだと、言えるでしょうか。
 

『イエス・キリストの本当の誕生日はいつかを探求する』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2011年12月27日(火)09時51分18秒
  大田さん
どうも、こんにちは。
今日の話題は、ちょっと余興的なものなので、軽く捉えてください…

キリスト生誕に関しては、一般にベツレヘムの星と呼ばれるものをルーツとして、東方の(おそらくバビロンの)占星術師達が訪れる物語で紹介されています。

内容的には、ウィキペディアからの引用ですが、以下のようなものになります。。。

◆概要
キリストがベツレヘムで誕生した直後、東の国で誰も見たことがない星が西の空に見えた。3人の占星術の博士、すなわちカスパール・メルヒオール(メルキオールとも)・バルタザールらは、聖なる人が生まれた事を知り、その星に向かって旅を始めた。

◆新約聖書では、どう記述されているのか?
マタイによる福音書では、3博士がエルサレムのヘロデ王の庭に到着し、ユダヤ人たちの王が生まれた印の星について述べた場面は次のようである。

ヘロデ王の代、イエスがユダヤのベツレヘムで生まれた時、見よ、東から来た3人の博士がエルサレムに到着して言った、「ユダヤの王として生まれたお方はどこにおいでですか。我々は東方でその星を見たので、そのお方を礼拝しに来ました」。ヘロデ王はこれを聞いて不安になり、エルサレムの人々も同じであった。そこで彼は祭司長らと律法学者らをすべて集め、キリストはどこで生まれるのかと問うた。

イエスの降誕を知らせた星の正体が何であったのかについては様々な説があり、特定はされていない。現代においては、天文学者らはこの星について様々な見解を持っている。超新星、惑星、彗星、惑星どうしの接近や会合などありとあらゆる事例が提唱されているが、この話の歴史的な正確さに疑問を持ち、この星はマタイによる福音書の筆者によって作られたフィクションではないかと考える学者も少なくない。

◆天文学的なリサーチ

1614年、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーは、紀元前7年に起きた、木星と土星の3連会合、すなわち両惑星が合体して見えるほどの接近を3回繰り返したのがベツレヘムの星の正体であると結論付けている[8]。当時、木星と土星は接近しつつ留と逆行を繰り返し、3回も大接近した。

彼の計算では、紀元前7年11月12日午後6時から9時半にかけての、エルサレムの南の夜空。

いろいろ説があるけれども、僕もケプラーに習い、木星と土星の合を採用して計算すると

僕の計算では、紀元前7年10月1日
となりました。割と近い値がでました。3回の接近日があるので、この説で行けば、どれかだと想っています。

紀元前7年説、学説的にはどうですか?
 

『ミトラの生誕祝』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2011年12月25日(日)12時23分50秒
編集済
  大田さん、メリー・クリスマス。
ちょうどクリスマスなので、お話してみたかった「ミトラ」の話題に移りましょう…

といっても、内容的に副題をつけるならば、
~麻原思想にはザラスシュトラの二元論の影響がある~
になります。

キリスト教の全世界的な布教と、この聖誕祭に隠された意味は、これほど有名なお祭りであるにも関わらず、その真相を知らない人が世の中に大勢います。

12月25日は、正式にはイエス・キリストによる生誕の日ではなく、むしろ、ミトラ教の神ミトラの生誕祭だったものです。
これは当時のローマ帝国に支配的だったミトラの信仰を、後に入ってきたキリスト教の信仰者達が、その布教の一環で、彼らの信奉するキリストがミトラと同じ日に生まれた…といったほうが、当時支配的だったミトラ信者を、そっくりそのままキリスト教徒に変換させるのがたやすかったためでしょう。

僕は、はじめてこの事実を知ったときは愕然としましたし、それはミトラへの関心も高く、同時に占星術師としては、イエス・キリストの本当の誕生日を調べるきっかけにもなりました。(僕は、コンピュータを使って、実はイエスの真に生誕した日だと想われる日を算出してもいます…もちろん、源流となる情報は聖書にしかないので、3人のマギの礼拝の頃の天空の座標を使い、逆算して日にちを求めるというものですが…興味深い結果が出ましたよ…)

ミトラに関心を寄せるきっかけは、僕の場合、仏教に伝来する弥勒(マイトレーヤ)の伝説からでしたが、この話を追いかけていくうちに、どうしてもゾロアスター教が出てきて、かつ、あのオウムの教義というよりも、教祖の思想の根幹に、ザラスシュトラがいることに気がついたからです。

お会いしたときにお話しましたが、あまり先生は、その影響力を重要視されてはおらず、「まあ、オウムはごった煮だったから、なくはないだろうけど、それほどの影響があったのか?」といった顔をされていました。

僕は、再度唱えておきたいのは、オウムは仏教やキリスト教よりもゾロアスター教の影響のほうが…大きいです。

そう発言するほどの根拠となるものはおいおいお話させていただきたいと想っていますが、仏教もキリスト教も利用していたとは言えますが、ヴァジラヤーナに行き着く発想と、その比重の高さを検討すれば、自ずと教祖の思想的背景が読み取れます。

いくつか当時の彼の説法を取り出せば、指摘できるところがたくさん出てきます…今手元にないのが残念ですが、あれば探しておきます。

ゾロアスター教は当時のイランにおいて、地域的な差からマズター教とミトラ教に別れていた宗派を総称したものだと言われますが、このことからも解るとおり、最初はアフラ・マズターによる一神教ではないんですよね…むしろ神々が並列状態だった。
その中で人気の高いアフラ・マズターとミスラ(ミトラの前身)がいて、共に崇拝されていましたが、当時の西欧の進化論的宗教観に次第に汚染されていって、次第に「唯一最高神アフラ・マズターを崇拝する宗教だった」という解釈が起こるようですが、これは間違いと言っていいくらいのものですね。

やはり、重要なのは、ザラスシュトラの二元論だと思います。
ギリシャ哲学によるものとも違い、インドのサンキャ哲学とも違い、もちろんデカルト的物心二元論とも違うもので、異質なものとされています。

善なる神(あるいは天使)と悪なる神(あるいは天使)の戦い…
この抗争が描かれていて、神話学的には、それを追いかけていけばいいのでしょうが、注目すべき点があります。

神話学的な解釈で、「かつて、善なる神と悪なる神の戦いがあった」という表現をを伝えるものとしてではなく、
「善と悪の対立的抗争が必要だったのだ」…とする考え方が、どうやらザラスシュトラにあったらしいという、僕は想っているからです。

正直、善と悪のカテゴリに大別されて、唱えられるのは、苦でした。
僕がオウムをやっていた頃の、教団の主義主張で一番理解に苦しみ強く反発したのは、仏教思想の代入思想ではなく、この善悪二元論だったのです。

これは、当時、僕と麻原の対話があり、それはたまたま教団のテープに残されていたため、それはTV放映されています。
著作にも書いたことですが、僕は教祖に圧倒する形で、説教され、「闘いが必要なんだ…エネルギーの激しいぶつかり合いそのものが必要な時代なのだ」と説教されています。

これは、後に分析してみて明らかになったことですが、ひとつの謎も解けるのです。
強引で、誤解を招きかけない行動の多い教祖に、批判的に詰め寄る信者時代の僕の発言に対して、実は教祖は、そもそも環境を争いの渦に落としたかったのだ…いや、むしろ、そのことこそが目的といっていいほどの、重要性と捉えていたらしいのです。

それが証拠に、ラーフラという一番弟子がいて、僕のいたころは脱会していたのですが、彼が、教団ポアリストトップの人物でした。僕は脱会後、非常に際どい橋を渡りながらですが、ラーフラと面会することができました…彼は僕のTVの訴えを聴いてくれたのです。

そして、こう言われました。
ラーフラ:ロシアで軍事訓練を受けているとき、いや、その前に、教祖にワークを命ぜられる前に呼び出されて問いただされたんだ。
僕:なんていわれたの?
教祖:なあ、ラーフラ、もし私が神ではなく悪魔の側だったとしても、おまえは私についてきてくれるのか?
ラーフラ:…

この強烈なやり取りを聴かされ、僕は、当時心底のけぞりました。
教祖は気づいていたんだ…自分が危険な人間であることに「自覚的」
しかもそれをだしにしながら、弟子の帰依を試そうとする…あざとさ。

この会合は、警察や公安も絡んだものだったので、非常に貴重でデリケートな体験だったけれども、この話によって、
僕達には決して見せない姿が、教祖にはある…という確信に自信を深めたんだ。

教祖にとって、善と悪は必要で、あわよくば「善なる神」として君臨しようと教団を創ったことは容易に想像がつくんだけれども、
普通「悪」とはされたくないであろう彼は、どの程度、「善」にこだわっていたのだろうか…?

まったくと言っていいほど、善などにこだわっていない。
そのことは、事件が見事に証明してくれている。
いや、むしろ「悪」として世の中に機能してさえ構わない…と高をくくっていたのではないだろうか…

彼の関心で最も重要なことは「ことを起すこと…」だった。
リフトンさんと共鳴した「発見」がここでした。

また、論を補強する情報源として紹介しますが、あるときの説法の抜粋をして、彼の根幹思想を見出すことができます…

【92年12月頃の松本支部道場説法の内容抜粋】
「…信者である君達は、素材だ、そして、オウム弾圧、これは圧力だ。そしてグルである私の役目は何かと。それは触媒に過ぎないと。で、何が必要になるのかと?それはすなわち、高い圧力化で変化するための化学反応だ。この今の日本の警察による弾圧、大いに結構だと私は想っている。」

そして、強制捜査時点で、道場で流れていた説法は、この前お会いしたときに紹介させていただきましたが、
「まさに、グリフォンとアフラ・マズターの戦いである…」
でした。

僕は、もうその後は「神」と聴くと「悪魔」ではないかと疑うようにすらなってきています…
あるものにとって神は、別のものにとって悪に見えるからです。

そして、キリスト教にも受け継がれてしまっている、この善と悪の考え方は、ゾロアスター教がルーツだと感じています。

そして、ミトラ=救済者 というイメージで、うまく纏め上げて、まい進したのがオウムであり、その中でマイトレーヤの物語はうまく利用されていたのだと想っています。

でも、これは前例として、ミトラ=キリストとして、ローマ帝国がキリスト教を迎えたことににています。
 

『ロバート・J・リフトンさんの研究成果について』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2011年12月20日(火)20時58分45秒
編集済
  宗教学の「批判的態度」は冷静で、社会学の社会現象への「反省」も必要であると感じており、これらの学問価値のある学問であることを僕は認めているし、興味を抱きながら、本質的な「戸惑い」も感じている。
批判し反省できるという「理想」は素晴らしく…それを目指すべき方向だと<期待>しながら、改めて、地球史的な痕跡を観察してみたいのだ。
分野は宗教学でも社会学でもないのかもしれない…彼の研究範囲は多層的で、極めて優秀かつ斬新な研究者だ。
尊敬している…
ロバート・J・リフトンさんの『終末と救済の幻想』本を再度読み直し、悲観的な気分に陥る…
これは自分の性格にもよるが、厭世的な気分に深く落ち込んでいた。しばらくは頭痛と吐き気すら併発した。
「黙示録的終末観」のテーマについてが主軸になっている。
その危険性が多角的に検証されている。オウムは駒を1歩進めてしまったことになる。

その事への憂慮と深い沈鬱な気分を味わいながら、では、その出口や「明るく」「希望の持てる」「過ちの発見と反省からの脱却」的なものはどこに見出せるのかを見つけ出そうとしながら読んだ。

先生ももちろんお読みになっていることと想う。
どこにあったのだろうか・・・?
僕は何か見落としているだろうか…

どこらへんを読むと、この悪夢からの脱却への道やわずかでもいい可能性が見出せるのだろうか…
リフトンさんがかろうじて「絶望」していなかったとしても、この書物のトーンは重く、解決策として華々しく提示された思想が発見されたりすることは…期待するほうが間違っていた…と言われればそうだが、極めて残念なことではある。

しかし、原点に戻ろう。
「黙示録的終末観が危険な思想だ」と行き着いたとして、では
・「終末がくるなんておかしい」
・「そんなこと気にするほうがおかしい」
という論理に帰着して、胸をなでおろすことが「求められて」いるのだろうか?

■「終末」という「現象」は「起こっていた」のではないだろうか?
しかも何度も何度も…

終末と言うのは、宗教思想的にただ煽られて大きくクローズアップされただけだろうか?
その根は、「真実の現象」として地球に刻み込まれていたからこそ、発生したのではないか?
というのが、むしろ科学的アプローチによる見解だと想う。(決してオカルトでもニューサイエンスでもない。)

志している「健全な」思想は、「終末観」に影響されぬこと…
その意志を持つことを奨励しているように想う。僕は自身の体験を踏まえ反省し、賛同した態度で読み進めた。
それは一見平安で、理性を獲得した人の「正常」な思考だという主張はわかるのだ…

わかるのだが、もう少し現実を観察してみると、それも数千年なんていう「短い区間」ではなく、もっと永い痕跡を観察してみると、僕らの住まう世界のドラマは、決して穏やかではなく、人間中心に考える傲慢さを捨て去ったならば、惑星のクレータの数だけ、危機は訪れていたのであり、ただ単に地球と言う惑星が水の惑星であるが故に、大半のクレータが隠され、消されてしまっているのに他ならず、その数は、位置的に火星だろうと金星だろうと(つまり、その間の地球は)、月に刻まれているクレータの数だけ、終末が起こったのだ。

「真実は?」という問いに対し、科学的アプローチは賞賛され、オカルト的アプローチは、一笑にふされてきたように想うし、今でも、そしてこれからも一般にはそうなのだろう。そこでオカルト抜きにして「科学的アプローチ」で「終末」を調査してみる。
しかし、「真実は?」という問いに、最初から期待を込めて希望的観測をする視点も、悲観的観測をする視点も、傾向としてありがちだが、どちらも結局振り子のように揺れながら、いつの時代も行過ぎている。

ここで宗教的な終末観など持ち出さずに、
神話なども持ち出さずに、
地質学的なドライな視点で「終末」を調査すると、以下がこれまでに判明している。

●主な地球での大量絶滅

・オルドビス紀末
約4億3500万年前の大量絶滅。当時生息していた全ての生物種の85%が絶滅したと考えられている
・デボン紀末
約3億6000万年前に、多くの海生生物が絶滅。全ての生物種の82%が絶滅したと考えられている。
・ペルム紀末
約2億5千万年前に起きたとされる「地球の歴史上最大の大量絶滅」。海生生物のうち最大96%、全ての生物種で見ても90%から95%が絶滅した。
・三畳紀末
約2億1200万年前の大量絶滅。全ての生物種の76%が絶滅したと考えられている。
・白亜期末
約6550万年前の大量絶滅。恐竜が絶滅。他に、翼竜、首長竜やアンモナイトが完全に絶滅。全ての生物種の70%が絶滅したと考えられている。

そこでこの「終末の期間」が「わずか 20万年の間に地球の大地と海洋からほとんどの生き物を消し去った」ことが中国、米国、カナダの地層研究者達によって、最近明らかにされた。

【参考】
http://oka-jp.seesaa.net/article/240105713.html


このような時期に、それを目撃した知性体がいたとしたら、体験したとしたら、神話が書かれている内容に、「だって神話だから…」という「科学的でないという蔑視を込めた」つぶやきは、むしろ、はなはだ論理性を欠く代物だと言えると想う。

悲観的かもしれないが、僕は、リフトンさんに、こう想われていたのではないかと想う。。。
危険な熱情的な終末思想を抱いたオカルト青年だと…

あの人と、あの人の業績を最大限賛美しながら、その「理不尽な批判」を半ば諦めて受け止めながら…
僕は、このように彼に溜息をもらしたい。
神話や宗教やカルトや群集心理的な考察で、多大な功績があるけれども、天文現象的にみて、圧倒的に確率の高い天体衝突や不可欠とも言える地殻変動への史実的な考察が、全く足りていない。

僕は、地質学と、天文学を修めているからかもしれないが、この学問を修めれば修めるほど、
危険といつも隣り合わせて存在している地球と人類の事をひどく憂慮するようになるのだ。ただのロマンではなく。
だからこそ、黙示録でなくとも終末観には敏感にならざるをえなかった。。。
それは、間違った<精神的態度>だと…間違った<観察>だと
彼は、僕にそういいたいのだろうか…

僕がリフトンさんにいいたいのは、
それでもまだ…観察が足りていない。惑星の事象を決定的に見落としている。

こうした「地質年代的な終末の痕跡」が人類の精神に刻まれた結果、終末観が生じるのは言わば「必至」であり、避けられることではなかったのだ…というのが、学問的な答えではないだろうか?

ということになる。
神話はあながち「神話的」とも言えず、意外と「科学的」な香りも漂っている。


わずか数日前だが、太陽に最も接近した彗星がある。
http://swnews.jp/2011/fig/1112190945_exfig_1.gif
 

『鏡像~リルケ~エニアグラム~イメージという不可欠な食物について~』

 投稿者:高橋英利メール  投稿日:2011年12月18日(日)12時31分17秒
編集済
  大田さん

お忙しいところ、恐れ入ります。
思考はしばらく溢れてきており、それを掬い取ることがやっとであり、また提示する場も僕にはないのです。

この種の視点において、話し相手が、僕には存在しないのです…

----
「鏡像」リルケ~続き~


くりかえし鏡の中から取り出して
お前はお前に新しく自分を付け加える
まるで花瓶の中でのように お前の中で
自分の似姿を整えながら それにお前と呼びかける

その花咲いたお前の様々な鏡像に。
お前はしばらくそっとその似姿に気を配っているが
やがてその幸福に圧倒されながら
それをまたお前の身体に取り戻す


ああ 彼女と それから彼女の鏡像に
それを守る箱の中に入っている宝石のように
おだやかなもののなかに置かれて 彼女達のなかで存在し続けている彼女の鏡像に
愛する男は寄りかかっている 代わる代わる

彼女とそれから彼女のなかのこの宝石を感じながら…
うちに自分の姿を閉じ込めて持っていない彼
その彼の深い内部からは溢れ出でているのだ
意識された世界と孤独とが

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ここに登場している儚くも可憐な女性は、原初のエヴァなのか、それともソフィアなのか…?
そしてどちらにせよ、それは我々人類の根幹をなす「自己認識」の「摂理」そのものを見事に表してはいないだろうか?

人は、対象にまで「認知」されないと、あやふやで自分を含めて「愛することが不可能」なのだ。。。
これは「自己愛」という結末としてではなく、むしろ反対方向の、「出発点」としての「鏡」の作用と言えるだろう。

例えば、性格分析エニアグラムT7の人々が、かくも多趣味に意識を広げる様は、その能力の可能性を確認したかったからではない。
彼らは無自覚にも、「自己の領域」を確認したかったからだろう。彼らの原初の根幹のトラウマは、「愛する母親に振り向いてもらえなかった」からだ。彼らが一般に陽気で楽観主義だと言われる原因は、エニアグラムではそこまで解析されていないが…

「陽気」でいないと「つぶれそうだ」からであり、
自分以外の他者…それは兄だったり、弟だったり、姉だったり妹だったりする…に母親が意識を集中するあまり、それをなんとか振り向かせようとしているけなげな「気持ち」からなんだ。。。

時に父親であることさえあるが、その場合、その母親は、「子供など本来愛しておらず、自分のパートナーのこと」だけしかみていないのだ。

その意味で、「自己と世界の境界線が不明瞭であるという」その恐怖に付きまとわれるT4は、同じく自己認識で成長の過程で必要になる母親の愛を得ることに失敗してしまったT7と同調する部分があり、行動原理として反対に振舞うとしても、本質において共感していることが多い。(T7は友達がたくさんいてクラスで陽気で人気者、T4は影にひっそりと暗くじめつきながら、他者を眼光するどく観察している。)

暗くじめついたT4を、本来であれば「忌み嫌う」はずのT7が必ずと言っていいほどT4の友人にはいる。
T4はT7に確かに救われている…彼らの無邪気な微笑の中に、自分の痛みを和らげるからだ。
不可欠と言っていいくらいだ。。。

しかし、T7にとっては、むしろT4は脅威なのだ。決して自分では近づこうとしない、魔の洞窟に分け入り、帰ってきたのだから…
その点において、おそらくT7は、T4のその呆れた冒険心に関心を寄せながら、その<自分では見ることのできない>「魔」の様子を探ろうとするのだ。。。伝え聞きでもいい…自分の恐怖と共感するものを体験したT4を探していたのだから。

僕が占い師だと知ると、まず間違いなく、後に近寄り、こっそりと、非常にこっそりと
「・・・次に大きな地震が起こるとしたら、何処なのか私には教えて、決して馬鹿にしたりしないから…」
などと言う。普段葉人前で「占いとかやる人信じられない…きっと心が弱いんだよ」とか吹聴しながらも。

僕の経歴で地震占星術を知る人に至っては、むしろ「ものめずらしさ」や「好奇心」からそのことを聞き出そうとする。
かれらは、みな「鏡」を必要としている。
この場合、「鏡」は自己の鏡としてではなく、社会的存在としての不安を、別角度から観察してみる情報源としての「鏡」となってくる。

人は、なぜか「情報」を得ると、問題が未だ解決していなくても、安心するらしい。

だから、リルケの言うように(発展させて)「しばらくそっとその似姿に気を配っているが…やがてそれを「鏡像」のなかの他者に返すのだ」

原初の人間をアダム=男性としてみると、この詩はひどくこっけいに映る。
でも、原初の知性体をむしろソフィアと見るか、アダムそのものを男性原理と女性原理の融合した存在とみると
リルケの詩で最初に「女性」に視点を当てているのは充分に納得できる。

申し訳程度にしか出てこない「男性」だが、最後に
「うちに自分の姿を閉じ込めて持っていない彼 その彼の深い内部からは溢れ出でているのだ 意識された世界と孤独とが」
というところで、もう一つの人間の姿がちゃんとにじみ出ている。

人はイメージに溺れる。
これをロマン主義の罠と捉えることもできるかもしれない・・・

けれども、グルジェフが「食物論」で述べているように、
人は三種類の食物を有しており、「固形食物、空気」までは認識しているが「イメージを食べている」ことに気づいていいないのだ。と警鐘を鳴らしている。

そして、彼の弟子たちに、「一切のイメージを生起させずに生活を行う」修行を課し、
ほんのささいなイメージなくして、息をし続けることが不可能であることを…気づかせるのだ。

イメージというのは、陥ってしまう罠のごとく表現されることが多い。
しかし、ここで僕の考えを述べるとすれば、「イメージは酸素と同じくらい人間に必要不可欠な微細なもの」ということになる。
 

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