|
匿名でさんへのお返事です。
場面緘黙の当事者ではなくて、関係者という立場で書かせて頂きます。
義妹さんの親戚として、夫や自立する子どもへ義妹が依存して来る恐れがあるので、どうすれば良いのかというご質問だと思います。
いろいろのご事情が背景にありそうで、ご主人がどう考えられるか、お子さんがどう認識しているかなど、分からないことだらけなので、一般論しか書けません。そのつもりでお読みください。
法的にはご主人やお子さんが依存を受け付けなければ、依存できないのだと思います。ご心配なら、ご主人とお子さんと、早めに相談されることが肝要でしょう。弁護士に相談するのも一案です。
ご相談を読んでいて、ASD,ADHD,場面緘黙、共依存など精神科等の診断名は書かれているのですが、診断名がお面をかぶっているような、人としての個性や人格が読み取れませんでした。唯一お子さんは「社交的」という部分だけ、性格が書かれていました。話し合うのには、相手の人が見えないと話せないので、まず、診断名などの病気的な面だけをみるのではなくて、その人の人となりをご覧になることが必要だと感じました。病気的な面だけをみていては、人としての会話が成立せず、理解し合うことは困難だと思います。「手帳持ちのASD」という表現は、偏見があると私には感じられました。少なくともこのような表現は、多くの人を不快にさせると思いますので、使われない方が良いと思います。
場面緘黙という表面的に顕著な行動の特徴で名付けられていますが、そのような側面があっても、お一人お一人は様々な人生を歩んでおられて、さまざまな人格を持っています。匿名でさんの今回の文章は、人の一側面だけでレッテルと張られているような、変な感じをうける文章だと、私は個人的に思いました。そのような文章の特徴が、読んでいる人を不快にさせると危惧しています。
レッテルではなくて、こなれていない「共依存」などの言葉でもなくて、お一人お一人の人となりを大事にされると、今のわかり合えない状態が、少しは改善すると思いました。
場面緘黙の掲示板に書き込まれましたので、出来れば、この機会に、場面緘黙に関する理解を深めて頂き、そうすると恐らく匿名でさんが書かれているニュアンスは大分違ってくるのではないかと思います。場面緘黙の多くの方は、義妹さんのように依存的ではないと思います。義妹さんを場面緘黙で代表させるのは無理があると私は思っています。場面緘黙だから依存的と思っておられるとしたら、それは誤解ですので、この機会に誤解をとくように調べていただけると有り難いです。
|
|