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  • [77]
  • 精神科医の力量の違いは、大きい。名医とは

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2012年11月14日(水)06時24分20秒
  • 返信
 
心を救うのが名医。心を掴むのが名医。
必用に応じ的確なアドバイスができるのが名医。
全て心が従う

心がない人はいくら優秀でも名医にはなれないと思ったりする。
以前、転院していった主治医が
今、大学病院の助教授になっているのを知った。
よくその先生とはぶつかりあった。魂をもった医者というか
最後に別れるときに、
今の仕事は大変すぎるからもっと違う仕事を探してやってください。という
言葉を貰った。

離婚の時に、アスペの夫なので、話し合いができづ、いきなりの事が多く
それも心が通常と違うので、本当に悲嘆に暮れる事が多くなって毎日のように
部屋に帰っては泣いて、朝起きては泣いていた。

私には実家がない。両親もいない。泣く相手がいない。
私だって、実家に帰らせていただきます!という言葉を吐きたかったが
その分、結婚生活で息抜きや、一旦休憩ができなかったと思う・・・。
だから、実家を売り払い遊び暮らした弟は許せない。

その主治医は泣きながら電話をする私に、悲鳴のように泣いて泣いてなく私に
電話口に出て励ましてくれた。
うんうんと聞いてくれた。だから、私はあの苦しさを耐えぬけたのだと思う。
おお泣きしながら電話をしていた、話を聞いて助けてくれた、一切迷惑だろうけど
私にそんな余裕はなく、ひたすら泣いて泣いて、
助けてもらわないと、心が潰れそうだった。
そして、次の日には会社に行った。頭がおかしくなりそうだった。まだ仕事があって救われた。
変らないものがあるという事はどんなに救われる事なのだろうと思っていた。

それからも、ずっとはっきり離婚が決まるまで
ずっと1人で、突然1人で、仕事に行っては帰って泣き続けた。
ああすればよかった、こうすればよかった、でも
決定的な面で、
話し合いができる相手ではなかった。悔しかった。それより、自分の不出来が
私を責めた。

その頃、アスペとはまだ診断されていなかった夫とはトラブルが絶えず
どう理解してよいのかわからず、困惑の毎日で喧嘩ばかりだった。
私が甘えすぎていた部分もあって、表現がとても下手な部分もあって。
でも、夫は話し合ってくれず、いつも思考の中に私はいなくて。
寂しかったのだと思う。
喧嘩ばかりだった、寂しかった、そして苦しかった。

あのとき、あの先生でなければ
私は助けてもらえづ、潰れていた。もしかしたら死んでいたかも知れない。
とっくの昔に自暴自棄になり、不安定に心をかきむしられていただろう。
会社だって続けられなかったに違いない。

あのとき、あの先生が偶然にも私の主治医でよかったと思う。
だから、精神科医の力量は、患者のエネルギーと向き合えるかどうかだと思う
むきあえない医者は、避ける方に力を使い自らを守る。
だから、例外な事はしないと思う。どれだけ患者と真剣にむきあって
その心を守ったか。
それが名医なのかも知れない。
ガッツのある先生だったと思う。避け避け自衛診療ばかりする医者は、
その時はうまくいっても、患者を本当には助けられない。
真剣ではないからだと思う。
病院選びは、あらためて本当に大事なことで簡単に考えてはいけない
あのときに、
あの先生でなかったら、私はどうなっていたか
本当に支え続けてもらえたから、困難を乗り越えることができたんだなと思う。
いつのまにか、
力を取り戻した私は、泣く事もなくなった。