<思いやりのあるコミュニティ宣言>
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sage

  • [112]
  • 緘黙の家庭環境

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年12月15日(日)13時49分58秒
  • 返信
 
緘黙は脳の器質的な造りの問題と、緘黙の子は緘黙というような
遺伝子的な問題があるような気がします。

私も話せるときと話しにくい時があり、それもやっぱり脳の器質の問題も
あってそうなってるとしか思えない。
周りの空気を読みすぎると言います。それで口をつぐんでしまう・・
あれこれ緘黙の事を調べていますが、緘黙は不安障害でもあるみたいです。
それで、緘黙の子の親が変れば緘黙の子もなぜか話し出す場合があるみたいです。
私の場合もそうですが、母が本当はすごく大人しい人なのに活発に振舞っていました。
それで自然ではないので、自然ではない母に素直になれなかったような気がします。それって、大人しさの否定?ですよね。自己否定してる母親が分かってしまってるのに、ぎこちないのに、素直な自分?大人しい自分を出せないし、
出したところで、もっと活発に!と咎められてしまうわけですし。

そういう大人しい自分否定を母がしていたから、なぜか私も素直になれなかった
素を出せなかったのかな。と思う。
だから、一生ダメになった、母のせいだと今は思わないが、とても大変なのに
かわりは無い。
素のままで、ありのままでまず愛されなかったら、受け止められなかったら
その感情はどこに行くのだろう。
素直な感情によいわるいは無い。それを決めてしまっては自然ではないから
無理がかかる。
その型に入れない。緘黙を見るときに、その家庭環境も見ることは、子供の資質
だけを考えるじゃなく、
心理的な因果関係を考えて、親自身も改めるべきはあらためることが必用なのだと思う。
なぜ、素じゃない自分を生きていた母と私は話がしづらかったのだろう。
多分、素のそのままの大人しい時の私をも否定されたからだろう。
コミニケーションが下手な人だったのだと思う。素を生きられなかった人なのだと思う。
だとしたら、私は私の気持ちのまま、感情を出す必要が今できれば緘黙から自由になれるんじゃないか・・
と、感情によしわるしをあまりつけない自由な愛溢れる人達と、なるべく
コミニケーションを取るように努力している。
そこでの雰囲気に慣れることが、自分を認めることになるに違いない。

  • [111]
  • ここの管理人さんも緘黙であった

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)11時29分48秒
  • 返信
 
ここの管理人さんも緘黙であったのです。
だから、緘黙の人の気持ちは分かる人だと思います。
緘黙の人達だけの安心できる世界ってあるのかなと思ったりします。
ここで言いたいことを言わせて貰って、許されているのは本当にありがたく思います。
それは多分管理人さんの緘黙で悩む人達の何とか解決策を見つけたいという強い思いからなのでしょうね。

  • [110]
  • 警戒心

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)11時25分49秒
  • 返信
 
カウンセラーの先生によく警戒心が強いと言われました。
なぜ、無防備になれないのだろう。心を裸にというか、カウンセリングでは
親子関係やそういう所に問題点を持ってゆこうとします。
ですが、そうなるとどうも合点がいかないところが出てくるのです。カウンセリングを完全にやり終わって、終了した所で、やはり一般的な感覚と緘黙の感覚は違うから、同じ良好な結果にはならないような気がします。
問題は、警戒心が強すぎる、無防備に喋れない、心を開けられない。所にあり、
それが慢性になっているので当たり前で、常に警戒心と無防備になれない孤独感を抱えていると言えば言えるのではと思ったりします。
やはり、心を開けられない、無防備に話せない、自己表現できないのは、
ストレスなのだと思います。
それらがどこから起こりどうすれば、必要ない警戒を解き、素のままの自分を受け入れてもらう喜びを体験できるのでしょうか・・
素のままの自分を愛せないとは違うのですね、素のままの自分をさらけだすのが恐い。
私の場合は、アダルトチルドレンなので、他の緘黙の方とは違い、本当に何でも馬鹿やってもひどい事いっても気にしない、責めない、許してくれる心の広い相手なら、他人でも巣を出せると思うのです。
でもそういう人にはめったに合いません。過去一人いたかな~くらいです。
でも、本当にありえないくらい正真正銘穏やかな人や心根の優しく強い人には等身大の自分をぶつけられました。
はしゃいでました。その人がたまたまお見合いで出会った人で、かなり年上でしたので、求婚されましたが、数年しぶっていて最後は相手が諦めてしまったので
タイミングが遅かったです。
でも本当に心底穏やかで何をやっても怒らない、私がダメだと思ってるところも全て受け止めてくれる心の強くて優しい相手であれば、この世に一人じゃないなと思えたって事だと思います。
本当は、そこまで行かなくても安心して巣をさらけ出せる人を探していて、
安心感を得たいと心の底から私は思ってるのだと思います。

  • [109]
  • 恐怖は脳の中にある

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)11時11分20秒
  • 返信
 
編集しようとしたら、できなかったので。
恐怖を感じてしまう原因は脳の中にあり、周りの同級生や仲間とは
むしろ話したいと思ってると思います。
話したいのに何か壁があり圧迫感があり、話せない。
大人になった私は、意識的という事ができるので、意識的に話しますが。
無防備に話すってのは未だに出来ません。思った事をそのまま言うのができません。

  • [108]
  • 一番困ってるのは本人

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)11時06分52秒
  • 返信
 
緘黙の子供って、親や周りから見ればどう接して良いか分からないのだとおもう
頑固に見えたり、かたくなに見えたり、弱気すぎる子に見えたりするのだろうな。
わたしも母からもっと活発になりなさい!愚図だね!と怒られた記憶が。
愚図じゃないんだよ、つらいんだよ。話したくても勇気が出ないのは私の度胸がないせい?と小学校の頃から、話せないままずっと
今日こそは!今なら!と自分の心に弾みをつけて、話そう話そうとしていたと思います。
話せない自分が本当に情けなく、毎日憂鬱な気持ちで悩みを抱えていました。
話したくても話せない、ものすごい恐怖感が原因だと思いますが、その恐怖は気が小さいとか弱気だとか恥ずかしがり屋だとか、それが原因ではないと思います。
恐怖から身を守ってる状態が緘黙なのだと思います。それは目の前の同級生が原因ではないし、ものすごい恐怖の正体がなんなのか?それを解明して欲しいと思います。
私自身は、それは脳の反応が一般脳の人よりも強いために、外の反応がかなりの刺激になり、圧迫され、圧迫された状態だから声が出せない。
ものすごい恐怖の前で、人が声を出せないというのは、大人でもあります。
そのような状態と表現すれば、近いのかなと思います。

緘黙の子は無表情な事が多いので、考えてる事が分かりませんが、
ものすごく喋れない自分を恥ずかしいと思っていて責めています。喋る事を強制されてそれが出来ない自分がなんなのかわかりません。
周りの大人に従い、自分は情けない子供なんだと思うようになります。
だから周りが二重に責めるのではなく、うまく乗せていって、リラックスできる
所を増やしてゆく事、広げて行く事だと思いますが、問題が恐怖から来てるだけに中々難しい所はあります。
子供の恐怖感をもう少し解明できたら、私は脳の過敏反応のせいであると思うのですが。
私は現在40代ですが、自分で適応障害だと思っていますが、それを主治医に上手く伝えられません。
主治医と共通する感覚がなく、それを主治医がいくら話しても理解できないからだと思います。脳の過敏性を穏やかにさせる環境や薬があれば、私には気分の上下を無くさせる薬を処方したらいいのでは無いかと思います。
例えば、躁鬱病の薬などです。
でも、それらの薬を飲みたくなくて、リーマスやらデパケンやら・・・今現在の薬は万能では無いと思います。
デパケンは随分二年ほど飲みましたが、飲んだ直後急に悲しくなって情緒不安定になりました。元々大きな粒で体に悪そうで飲みたくなかったのですが、その時の主治医の進めで飲みましたが。
今現在は、社会不安と鬱で、デパスとソラナックスのマイナートランキライザーを飲んでます。
うつ状態が治らないので、慢性的な鬱ですが、これにはパキシルが出ましたが、
副作用が恐いので、副作用で攻撃的になってしまったりもするし、体に不調が来たりしますから、抗鬱剤は飲みたくなくて飲んでません。
ちょっとした、運動やちょっとした気分転換で何とかしのいでいます。
緘黙に聞く薬はないのかも知れません。
私のような年齢になれば、自分の個性と割り切り、地道に自分の生きやすい方に考え方を持ってゆく、自分を貫く等で、どうしても個性的な生き方になってしまうんだろうなと諦めの気持ちで気分を明るくし、自分の考えで治療を模索してゆくのかなと思います。

  • [107]
  • 脳の使い方と生き方

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年11月 3日(日)12時25分13秒
  • 返信
 
掲示板が連続になってしまうので、
こちらに書かせて頂きます。
身近にアスペルガーの女性がいまして、本当に彼女自身苦難してみえます。
自らアスペルガーと称しているので、ご自身でそうとう苦労してみえたんだなと
正直で純粋なゆえに、大変な事もあるのですねえ。

私もこの脳をどうやって調和させてゆくか?考えてるところです。
アスペルガーのその人は、本当に、遠慮がちというか、人との会話でも緊張
してしまうという奥ゆかしさを持っていて、それは自分は人と感覚が違うから
何か傷つけてしまうようなことを言ってしまうんじゃないかという懸念であると
思うと、
なんだか同じ臭いがして、共感してしまいます。つらかっただろうねと。
そんな相手に気を使う姿勢が、私と類似していて、苦手意識というか、私も
話していて、同じ空気?で話せます。
私がアスペルガーと言われた事は長い年月ありません。カウンセラーからも
その指摘はありませんでした。
あったらあったで良かったのですが。だったら何?と思うと、やはり緘黙脳。
としか言いようが無いのです。
使いようはないのか?あのわけのわからない病名たちは何だったのか?混乱
困惑が、病名を危うくしています。
しっかり自分の緘黙脳を考えて付き合ってゆく事がどうやら求められているように思うようになりました。
私は、知らない歌でもすぐ覚えるし、昔から耳に入ってきた曲は演歌でも何でも
ファンじゃなくても、覚えてしまって。だいたいメロディーも歌詞も覚えてしまい、口ずさめる曲が半端ではなく多いのです。何百?でしょうか・・
あとは、過去に書いた言葉なども割りとしっかり覚えてるのです。あの時に
ああしたこうしたは、映像で残ってます。
そういうのは変ってるのでしょうか?
今は人間関係は諦めた部分でとても楽になったので、これを活かして行くには
どうしたものかと思ってます。

  • [106]
  • 心の傷・・ひとり言

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 7月 7日(日)07時22分51秒
  • 返信
 
心の傷がどこにあるのかを見出すのは
大事だなと思う。

例えば、
私は自分の願望を貫く。絶対に自分の思い通りにやる。
という言動をする人は、
今まで、願望が叶えられなかった人であり、絶対と思っていたが
途中で、挫折した人なんじゃないかと思ったりする。

あなたの思い通りにはせず、
自分の思い通りにするから・・という強固な思いというか発想は
どこから来るかといえば、
過去、思い通りにならなかった怒りや、そういうものが原因になってる
場合があると思う。

でも、その思いは上手に塗り替えられている事がある。
上手くいかなかったのは、誰々のせいだ、邪魔が入ったから上手くいかなかったのだ。
と、自分の力のなさや知恵のなさを、棚の上に上げて
自分の力が万全であるかのように、思いたいのが人間。

邪魔や横やり、ゴタゴタはあって当然であり、
それらを良く避けた、上手に横によけた者が、成功するのでは無いかと
思う。
何かに挫折したとき、手柄を横取りされたとき、
あいつさえ居なければ、という考えではなく、あいつをどうクリアーすれば
良かったのかな、と知恵を絞ればいいのだと思う。

人間、戦いは
いやでもしなくてはならない時があり、嫌いな人は絶対に出てくるし
だからこそ、好きな人も出てくるはずで。
折れた自分の弱点を見る事で、今後折れない自分になれる
何事も、
誰かのせいにしない事だと思う。
生きてる以上、他人とは仲良くしたいし信じたいが、どうしても戦わないといけない場合がある。
問題を避けていては、成功しない。問題点から自分の欠点をのぞいて

自分を多めにみていては、人のせいにしてばかり
それは依存である。
決定的な別れも、必要なのだと思う。

  • [105]
  • あんたなんかどうでもいい

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 7月 7日(日)07時05分18秒
  • 返信
 
この言葉が
劣等感になり、深層心理に入り込んでいた。

いや、違うんだ
私が一番大切なんだ。自分を大切にできるという事が
自分を持つという事。
大切にする仕方は人それぞれだけど・・
どうでもよくなんかない。
あなたにはどうでも良かったかも知れないけどと、
思う。

私の事を、私だから慕ってくれる人がいる
私だから近寄ってきてくれる人が居る

随分、つぶれて、随分、疲れたけれど。
でも、
踏まれても、倒されても、生きてかなくてはいけない

私の身近で
昔からの精神の病の人達が、数人、自殺を選んで亡くなっていった。
何を思っていたのか、でも幻聴というのは心身を消耗し、大変にツライのだと思う。
幻聴を完全に治す薬は今現在ない。

その人には、その人のつらさがあり、
それは他の人間には分からないが、それぞれ抱えている。
亡くなった人達の症状は、私であれば、到底・・・耐え切れるかどうか
わからないようなものであると想像したりする。

治せるものなら、どんな努力をしても治す。
カウンセリングに通いはじめて、7年経ち、やっと卒業が見えてきた。
見えなかったゴールが身近にせまり、
あの苦しんでいた頃の私が、何に悩んで何に苦しんでいたのかが
客観的に見えるようになった。

カウンセラーというのは、本当に色々なことを試すというか
私のカウンセラーは、本当に親身になってやってくれた。先生の
あなたなら、何とかなるような気がする
という一言で、何とか私は、精神科にかかり、もう20年以上過ぎたが
精神科では何にも得られなかったが、
カウンセラーとの話し合いで、私を見つけてもらい、私は自分をちゃんと
しっかり見る事ができるようになった。

あんたなんかどうでもいいと言った姉とは
絶縁している
合っても罵られる・・私に対しては罵る言葉しかもっていない。
生きてるか死んでるかくらいの
相手なのだと思う。
姉にとっての私は。

もう二度と会いたくない、会わないだろう。
弟とは、
いつか会う気持ちになる事はあるかも知れない。
でも、ここ数年ではなく
もっと先だと思う。

私の事をどうでもいいと扱う人とはもう二度とあわない
許せるようになったときは、様々な困難を私がクリアーして
生活に満足した頃だと思う。
家族を潰す人、潰される人

心理をずっと受けてきて、
随分な勉強家と言われた。屈しない精神がどこからくるのか分からないが
私は随分と弱いんだけれど、
絶対に、他人に屈しない思いがある。
仲良くしてくれる人達と心を共にしながら、私の心は健康と思える日まで
まだまだ、元気に歩いて行こうと思う。

  • [104]
  • 緘黙児の世界は一つしかない。

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 7月 7日(日)06時44分1秒
  • 返信
 
緘黙の子は、話す場が家庭しかありません。

私の家庭は、立派な機能不全家庭だったので、父から言葉での虐待を
受けていました。
目の前にボロボロの雑巾があり、その雑巾が父の言葉でまたボロボロにされ
やがて、麻痺してゆくという、のが目に映るような。
もう麻痺してボロボロの心をさらに、ボロボロにされてる感覚を味わっていたあの頃。

父の劣等感による、自分の子供虐め。

逃げない母。
こんな環境では、緘黙だった私はもろに影響を受けたはずでした。
私には家庭しかなく、家で話す事が全てで、他の学校での同級生との人間関係は、ただいじめやら悪口を言われる、馬鹿にされる等でしたので。
ひたすら、目を閉じ、時間が過ぎるのを待つような学生時代でした。
だから、
世界は家庭しかなかったのです。

何事にも、人格否定系の言葉を付け加えて喋るような家庭でした。
生き残りがサバイバル。だったんだなと今は思います。
そんな中、できのわるい、世間体の悪い私は・・さらに愛情を与えられない
支持されないという悪循環
放って置かれました。あとは、父からの暴言も情け容赦なくつづき
あれは・・父親ではなかったなと思います。
父親業をできなかった人

子供ができたから母は父から逃げられないんだ、怖い!怖い
逃げたい逃げたいと思ってました。父から
さまざまなしがらみがあろうとも、父から離れなかったのは、母の責任だと
思います。
それが子供にも影響した。
悪循環は断ち切らねばならない。守るべき者が本当はなんなのか、身を張って闘って欲しかったなと思いますが、そうはならなかったでしょう。

私は私。
母は母。
でも、ずっと父というか男性が怖くて。今もその後遺症に悩んでます。

カウンセラーが人を好きになる事ができたことを喜んでくれていて、
その理由がわかりませんでしたが、
結局、私の場合、言葉というものは感情をしたがって発育し成長してゆく
心ありき、
人を誰ひとり好きになれなければ、情緒が成長せづ、言葉も発達しない
相手を傷つけないように何かを伝えたい、それは愛しているからだ。

愛がなければ、傷つけようが何でも
伝わりさえすればいい。
それは相手の人格否定、存在否定。そんなことが家庭で行われて
きたと思います。

私の家庭は、そこいらの緘黙の人達の家庭よりも
もしかすると、ずいぶん、家庭の中でも戦いつづけなければ
認められない家庭で
随分と病んだ家庭だったとおもいます。とても、冷たい。

家庭しか知らず
他の世界をしらないので、
どうしても、家庭でつかっていた戦いの言葉で人と接してしまう。
経験することができなかった
経験値の圧倒的な少なさが、人間関係をダメにしてしまっていたのです。

知らない
ということ。

悪い経験をたくさんしてきてしまったということ。

記憶にな悲しい苦しい思い出しかつまってないという事。

緘黙でも
温かい人達に囲まれ支持的な大人たちに恵まれていたら
まったく違った私の人生になっていたでしょう。

少なくても、。いまごろはけっこんをし子供に囲まれて
いたと思います。

父が怖いが男性を憎むになってしまっていた
男性が怖い、男性恐怖症がむくむくと心の中に存在している

でも、怖いけど近づいてみる
怖いけど信じてみる
私が結婚をし、ずっと子供を作るのが怖いとおもっていたのは
母のように逃げられなくなるから
誰から・・父から男性から
そして虐められる。

そういう思いが私の人生を支配していた。みたいです。
辛い思いをさせないって
事は、自分にも他人にも家族でも、まず大事なことなのだと身にしみます。
潰された人生だったかも知れないけど、
今は、
一番の理解者がいると思える。小さな選択でも、より自分の為を思い
自分を大事にしている自分が一番の自分の理解者であると
力づよく思えるようになってから、世界が違ってきたように思う。

  • [103]
  • 緘黙は情緒障害

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 7月 2日(火)09時07分55秒
  • 返信
 
昨日知ったのですが、私は情緒障害のようです。
いま特殊学級というのがあり、緘黙も特殊学級に入るようです。
いわゆる、
情緒障害というのは、感情のコントロールが流れ出てしまうか
必要以上にとどまってしまうか、どちらかなのです。
いままで情緒障害というものだと思わなかったので、今後勉強をすすめ
自分に役立たたせたいと思ってます。
精神科医は不勉強で、福祉業界も精神科医の病名に頼りっきりという
極端さがあるので、
私は七年、臨床心理士によるカウンセリングをこれしか無いというおもいで
行ってきましたが、
それだけ時間を費やして自ら努力をして勉強してきても
まだ自分とものをこれからどうしたらいいのかがわからないのです。
だから、
誤解をされたりして福祉の場でも
やりづらさを抱えてしまうのですね。あるところは秀でていて
あるところは不器用すぎる
これは他人には中々わかってもらえない。
器用な人ばかりが、不器用な人をこまらせることになっても
困りますね。真実を知らねば。

  • [102]
  • 緘黙による対人恐怖

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 6月 2日(日)08時57分38秒
  • 返信
 
私は長年、神経症でした。
全ての神経症を経験してきた。

不安神経症を自分で克服できたのは、学びになった。

それなのに、どうしても治らないのが対人恐怖。
対人恐怖になる説はいろいろあるようだが、

緘黙、私の対人恐怖の原点の1つは、
人を避ける、人を見ない事だとわかった。
やっと、
去年あたりから、人をはっきり見るようになった。
意識的にしてみた。

意識とは・・・
私は人に見えないように生きていきたい、恥ずかしい存在と思って
過小評価してきた。
世間から自ら自分を消していた。
だけど、実ははっきり見えているのだって気がついた。
他人は見たいものだし、私だって実は他人が気になるのだ。
どれだけ隠しても
はっきり見えてるなら、

現実にそくした方が生き易い
そう思ってから、人を見るようになった
人の視線から逃げないようになってきたように思う。
私が私の存在を認めてきたので、
対人恐怖が強く、視線恐怖にまで苦しめられて生活上、生活が成り立たなかったが
私が私を見つける、認める、ことで、
他人に隠さなくてよくなり、
対人恐怖が弱くなった事は否めない。

その対人恐怖について、加害者的なことを先走りして勝手に人に言われ
決め付けられた。
私の心がわからない私は、もうろうとした。
パニックになった。
そこまで自分をわからなかった。わたしがいた夏。

気がつけば治る。
それまで、どれだけ振り回されないかが鍵。

  • [101]
  • 嫌な事はいや

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 6月 2日(日)08時44分15秒
  • 返信
 
嫌な事は嫌だといったはず、

でも受け入れられなかった。
こうだから、こうでしょう。。

それはあなたの気持ちでしょう。
私の心は、どんどん奪われた。
嫌な事は嫌だといっても
自己嫌悪に陥らない術も学んでいる。
忙しくて、
潰れそうになる。

楽しく気ままに
生きられたのなら、後遺症なんて
精神科なんて
関係なかった。

  • [100]
  • 心を解き放つ

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 6月 2日(日)08時40分10秒
  • 返信
 
過去を忘れ去り、
すべて負の心を一旦忘れ、
心のままに、心を解き放つ

誰のためでもない
自分の為に生きてみたい。

楽しければ笑い、哀しければ泣いて
素直なままに
息を殺すのを止めたい。
心を殺すのを止めたい。
何よりも自分に正直でない時に、今正直に生きてないぞと
自分で気がつきたい。
ときどき、長年の縛りの人の顔色優先の人生を送ってきたばかりに
すぐ自分の気持ちが見えなくなる。
そして、見えなくて苦しくなる
楽しくできる毎日が、私には楽しくできない。

だから、心を解き放つ
そのままの私を許してくれなかった世間に背を向け、
欲しいのをほしいと言い、したい事をしたいという。
自己主張を悪いものとされ、
できなかった、できなくなってしまった。

自由気ままに
出来れば、緘黙の後遺症は良くなるはずだ。
自分の心が見えなくなる苦しさは、鬱に直結している。
一人で居たい時に一人で居て。
人に合わせないのを、これから学ばねばならない
自由の権利。
ここが行きたい、あそこが行きたいという時に、
許してくれるならば、
言いたい放題、言えば治るかな。
カウンセリングも終盤で、
少し進み過ぎたようです。

自分の心に正直にしばらく、何とか眠れるように。。
ここ最近眠れづ、嫌いな睡眠薬を飲むようになりました。
でも、
変われた実感はある、
今はまだまだ不器用で、でも去年よりは意識がもうろうとしない。
しっかりした自分がいる
それだけでも、カウンセリングの効果を感じている。

  • [99]
  • ぶりかえす

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 6月 2日(日)08時24分37秒
  • 返信
 
電車に乗る事が多い。交通手段が基本的に徒歩なので、
段々電車に乗る苦痛にも、工夫が出来るようになって来ました。

先日、私鉄の電車の中の女性同士の会話が聞こえてきたのです。
細かに、感情豊かに、情緒豊かに、自分の細かな感情、感覚を踏まえ
リズミカルに話す。その話に、耳を奪われました。

言葉とは、心だ。
私にどれだけのこの心の中の感情を表す言葉のスキルがあるのだろうか?
普通に話してきた人は、感情豊かに表現するから、豊かな人に見える
魅力的だ。
わたしは・・・
スキル上でも、極端に数が少なく。無に近い・・。
今だって、心と言葉が直結し、生き生きとしていられる相手に出会えているだろうか、そして、そこから心が生まれ、言葉とし、発せられているかどうかを
考えた。
千のスキル、それ以上無限大のスキル・・
を普通に話してきた人に感じた。

じゃあ、相手が1000としたら、私は?80か60だと思った。
自殺したくなった。笑
対人関係の経験も少ない、やり取りも体感してこなかった。
親近感が他人に対して持てない私になってしまった。成り行きで当たり前に
そうなっているのだと自覚できた。
諦めようか?
人によっては、自殺に値するだろう、もう取り返しのつかぬ・・得られるものが
少ないという現実。
思い通りにならないとう現実。
それを受け止めないといけない。。現実

それから道がみえない現実

これからつまらない事ばかりが続くだろう。
少し鬱がぶりかえし、不眠が続いてる。

また、私の心が見えなくなってきた。
もう言葉は諦めよう。
しばらく・・

カウンセラーには、沈黙はできますか?と聞かれた。
それも・・できないんです。

あなたは、嫌だという思いをわかってもらえず
ただ相手のいいなりにする事だけ、自分の心を無視する事だけは
人よりとても秀でているのにね、
自分の思い通りには、いつまでたっても・・。

努力・努力の人生だった。
誰よりも、話すことや人に関わる事、仕事のこと、
嫌でも我慢し続ける事に対して努力してきた。
何一つ楽しい事はなかった。
評価されることも、満足することも・・。
人に比べれば
なんて損な人生なんだろう。

言葉以外での、表現の仕方はないのかなと
思ってる。
緘黙はありきたりな病気ではない。
精神業界でも理解されていない。
そこで無駄な時間を浪費してしまった。
反省が私にある。
自分なりに生きてみる。

みなのようになりたいけど、まだなれない。
だったら、
ありきたりでない、表現で
自分を見つけたい。
希望を失えば、私はまた鬱になって寝込むだろう。

  • [98]
  • いきなり来た

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 5月24日(金)08時38分56秒
  • 返信
 
カウンセリングが進むと、いきなりきたモテキ。
もうすぐで恋愛ができるようになります。と言われたので、
少々まだ早い。
どうしてそこまでカウンセラーはお見通しなのかも、私にはわからない。

当然、私を嫌ってる人には全くモテない、相手にされないのだが
なんだかモテキがやってきた。
一機に来るもんです。
私が変ったら世間も変るのだな~と改めて思う。
再婚したいから付き合って欲しいという人も出てきたし、私自身がすきだな~と
思う人とちょっとだけ付き合えるようになった。
心のままに、いきる
何が自分が欲しいのか見極め、狩に出る。人付き合い以外でも、何でもそうしていたら、いきなりモテキが来た。
自分にはできない~と決めつけていたけど、何でできないとおもうの?と胸の内に聞いてみるとただ、臆病な私がいた。思い込みじゃないの?やってみたら?
と答えがでた。
心が変れば人間関係も変る。人が寄ってくる。
なぜなのだろう・・・。

どこまでやれるかわかんない。どこまで何をしたいのかもわからない
でも、やっと冒険できるときがきた。
少し危ない?と思っても、傷ついても、大丈夫。

  • [97]
  • 世間話は最終目標。恋愛はもうすぐデキル

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 5月24日(金)08時22分46秒
  • 返信
 
カウンセラーには主に、人間関係の作り方の悩みや誤解の悩みの解決に
ついて相談してきたように思う。私自身をカウンセラーに分かってもらう事も含め、関わってきたように思う。
私がどういう人間か、さえ親にも分かってもらえなかった。緘黙や家庭環境が
邪魔をし、私っていう人間が、生半可なまま、育ってしまった。

魔の二歳児というのがあるらしい、可愛くて仕方ない時期だそうです。
可愛くて仕方ないけど、動き回り、親は大変だそうです。
私の魔の二歳児は、保育園に預けられる年でした。。。信じられない、一番かわいい時期を預けてみてもらい見たいと思わないなんて・・と思います。
まるでモノのような、産んだら、ちょっと世話やけない、仕事が忙しいから・・
保育園に預ければいい。
という。発想というか・・。

保育園に入りたくなかったのです。私は。。まだまだ、親にずっと見ててもらいたかった。
愛が足りなかったのです。多分。。
私の場合はそうで。とても、心細く、とても哀しくて、周りを拒否したような覚えがあります。哀しすぎて、口を開くと泣きそうでした。
とても心細い、その感覚は今でもあります。

それなのに、満面の笑顔で保育園に通わせる母に・・。私を見てないなと更に不安に心細く思ったと思います。
母は慣れれば、黙って通うようになるだろう、という思いで、私の心の内に触れる事ができない性質だったと思います。
母も可愛がる事がどんな事か、わかってなかったんじゃないかと思います。

愛が満タンでなく、私はそこから挫折しました。
安心感もなにもなく、私は愛されてるんだ大事な存在なんだっていう、確信もなく
ただわかんないところに放り出された感じがしたし、実際そうだったんだと思う。
まだ保育園には未熟で通えない私を無理やり入れた形だが、母にとってはそうではなく、扱いにくい子供だったのだと思う。

思うとおりにならない、思わない。子供。慣れればという、のは、拒否を一切
拒否されている。
なれる、そこに行き続けることだ。
こんな嫌なことを散々やらされて、本当にしたいこと、母とのふれあいであったり
楽しい時間であったり。安心感であったり・・。

それをぶち壊すものは、父の罵声や、母を取り合う姉や弟の存在でもあった。

今日も眼を覚ますと、
ものすごい落ち込みようだった。
なんでそんなにネガティブなんですか?と弁護士に聞かれた事がある。
なんでかな~
心理的に言えば、親に愛されなかったからじゃないかな。安心感がなくいつも不安なのに歩かなくちゃいけないからじゃないの?
とは、応えなかったが。

親から認めてもらえない、まるごと愛されないというのは、
何度かやり直しの時期がきたと思う。
会社に入社して、だいぶ経った頃に、私は母の背中に抱きついた事があった
そうせねば、もう自分がダメになってしまうと思ったから。
抱きつける人は、母しか居なかったし。
すると母は、無言で、体を揺さぶり、私を邪魔!という感じで自分の体から切り離したのだ。
拒否、無言、会話なし、何も聞かれない、

私の何をわかっているというのだろう?
聞いて欲しかった。
どうしたの?
何かさみしいの?大丈夫?

そんな事を聞ける母なら、私はこうはなっていなかったのかも知れない
ずっと私の心を無視というか、人の心に鈍感な母だった。

緘黙の私には、世間がなく、家庭しか人間関係がないんだと思っていた。
だから、そんな家族や家庭でも壊したくなかった。
私の何がいけないのか、私は母から認められなかったし、愛されなかった
本質をわかてもらえなかったし。劣っていると思われていたと思う。

もっと三歳や、十歳になるまで、ずっとくっついて温かい愛情を注いでくれたら。
そのまんまの私を受け止めてくれたら、
心理的にわかる、母はずっと私を受け止めてくれず、嫌われていた。
母の欠点と私の欠点が似ているからだと思う。
母も、本質は言葉で伝えたりするのが苦手で、シャイで、劣等感があって、自分を大切にできない人で、人の評価ばかりを気にする。そのくせ、負けず嫌い。
愛情という世界とは程遠い、できるか、できないかの世界を好まざるを得なかったのでは。

だから、できない私が嫌いだったのだと思う。自分の欠点をまるごと持って生まれたような私が。受け止めきれなかったのだと思う。
好かなかったのだ。
でも、子供の私は、母から好かれなくて、それがすごくわかって不安がずっと今のいままで続いている。

母が自分の劣等感を克服し、自分で自分が楽に生きれるような人になっていて
それで生まれた子供が私であったのなら、私は母にもっと十分に愛されただろう。

劣等感や、愛の枯渇を、見ようとせず、
ただ子供を生み、ふれあいもせず、保育園に預けたのが母だった。

カウンセリングでは、世間話が最終目的と言われている。
私は、世間話が出来ない。
慣れというが、?だ。世間話をしてるフリはできる。でも、手に汗がでて
体が緊張し、無理に笑顔を作る。
だから、疲れてしまう。
フリではなく、本当に世間話ができるまで、カウンセリングを続ける。
心からの言葉が出てくるまで、まだ時間がかかる
心と言葉が一体になるには、まだまだ私は言葉を発するときに違和感を感じる
一日黙ってていいよと言われたら、どんなに嬉しいだろう。。
緘黙に戻りたいときもある、自分の心を無視して話してる、一致しない感覚。
話せば話すほど、自分の気持ちとかけ離れてく。

恋愛はあと少ししたら、出来ます。
そうカウンセラーに言われた。
40半ばにして。やっと、子供でも恋愛をしているのに・・・
やっと本当に心と直結して出来るようになる。。
そうです。
言葉と心の一致。
言葉への劣等感。緊張、疲れ。
それらが取れるまで。

スピッツの夢追い虫という曲があるそうだ。
削られながら、夢を追う。という詩がある。
あちこちが、傷だらけになりながらも、
夢を追っている。
だいたいの人が、なんの苦も無く手に入れている話すという事を使いこなして
らくらくにしてる話すという事を。
私は、傷だらけになりながら削られながも、手に入れたいと思っている。
愛情も満タンになったら、話すという事ももっと苦痛ではなくなってゆくはず。

  • [96]
  • 生半可な理解が人を傷つける「わからないという事をわかる」

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 5月16日(木)07時32分10秒
  • 返信
 
どれだけ分かったと思っても、分からないのが他人です。

分かったと思っても、人の事は本当に分からないのが人間です。
私の周りに生半可な知識の、素人作業所スタッフが集団がいます。
病名で、人を判断するな!と心底おもいます。

緘黙はわかっているのか?と・・・憤る私。何も知らないで病名をつける精神科医
それをみて対応する福祉スタッフ
一体、私はどこに~~~??どこにもいないんですよね。誤解されたまんまの私しか良い誤解ならよいけど、、変な誤解はね。

仕方ない、理想的な作業所などない。と思ってます。
誤解も誤解のまま、ちょっとハートがびりびりとヒビが入りましたけど、プライドを傷つけられてね。
でもいいです。自信満々結構!ですねー
今回、ちょっとスタッフの言動に疑問を感じ、あまりいじらないで欲しいな~~と
おもった私でした。
なお、そのことについては、話し合っても仕方ないなと思ってます。
誤解は受けたまま、傷ついた私がそこにいる、それだけでいいのです。
だってわかったつもりでいる人にわかってないと言っても伝わらない事が多いから
どこまで行ってもわからない事をわかる、わかるなんて有り得ないんだ人の事なんて、
自分の事さえわからないのに。
でも、自分で自分の傷ついた心が分かればいいんだよって
自分で自分をなぐさめてます。
私が学んだ事は、人を決め付けない事、必要以上に入り込みすぎてその人を
潰さない、支配しない、上に立たない・・意識くらいかなぁ。。でも大事だよね。

  • [95]
  • 主治医はよく選ばねば。

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 4月 2日(火)14時03分1秒
  • 返信
 
解明されてないと言っても、
主治医は選ばないと危険な事になります。
私なんて大打撃でした。女性の30代Y医師・・。この先生が、長年
居続けたことで、無理解の中、私はうつ病になりました。
それまでうつ状態だったのに、体から元気がなくなり、腹から力がぬけて
ひょろひょろで、、その女医が無理解で、相性が合わなかったせいで、私は
長年うつ病では無かったのに、なってしまった。
うつ状態と、うつ病の違いは、うつ状態は体力があり元気で、鬱々とした気分がああります。
うつ病になってから感じたことは、体力と=で体力がなくなる。腹に力が入らない。思考が止まる。体が動こうと思っても動けない。とにかく、体力が無い。
いつも疲れてる。

Y医師の事は許せないを通り越し、どうでもいい。どうせ、開業したって
患者から愛想をつかされるだろう。
何か克服しようとして精神の道に進んだのかも?でも、やはり合ってなかった
人の気持ちに無頓着、無理解。おまけに冷たい。謝らない。
立派な病気だわ~~。
あまりにも酷い事をされたので、訴えるといったらやっと主治医を変えてもらえた。
今の主治医は、人間的でちゃんとコミニケーションが取れる。
私は、その前の女医のことをアスペルガーが入ってると今でも思ってる。
今まであんな先生に会った事は無かった。
数々、色んな先生に診てもらってきたが、あのような感情が鈍磨してコミニケーショんが出来ない、話してて変な感じがする先生は皆無だった。
やたら不安になった。
それでいざこざで疲れ果て、病院に行くのも恐怖で、癒される事なく、
不安が不安をよび、かつ7年の月日が・・うつ病を発症させたと私は言える。
腹が立つ。
腹が立ちすぎて、もうどうでもいい。人の心を助けるお勉強をしてきて、
大失敗してる先生というのは、おかしな存在で何もならない、ならないどころか
加害者になってる。
先生選びは慎重に。私は今の先生で十分。ほっとしてる・・。
向かない仕事を選び、患者に死を考えさせる精神科医ほど邪魔なものはない。

  • [94]
  • 緘黙は解明されたのか

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 4月 2日(火)13時30分42秒
  • 返信
 
緘黙が原因も治療方法も、後遺症も何も確実に解明されていない以上。

それによってどのような後遺症が起こり、どのような病名になるかというのは
不明ではないか。
原因も、その病名さえも分かられていない。
虐待だけでなる人ばかりでもなく、緘黙の年数も人それぞれ。で。
表面的に現れた症状だけで、現存の病名をつける事は危険性がはらむと思う。
ないのだ。
きっと、緘黙の後遺症につく病名など無い。
いまは無い。
でも、どこの病院へ行っても、それを研究している所がない。
私はカウンセラーに長年かかる事で私という人間を分かって知ってもらって、
それから段々と自分が分かるようになってきた。
カウンセラーが言ってる事の意味も、私が表現がとても下手で人に誤解を与えやすく、かつ、私自身もかなり他人に対して警戒心が強い人間だという事も、
段々と分かってきた。
既存の病名は緘黙にはつけないで欲しい。と私は思う。
原因がちがえば、理解も違い、間違った解釈で患者を解釈してゆく医者は
時に患者を傷つけ、何の役にも立たず、そこにコミニケーショんは存在しない。
その無駄な何年をかけるのは、とても損失であり、
つらい子供時代を送って、人生をやり直したいと思ってる私のようなものの
足を引っ張る事にもなったと思う。
それを思うとやり切れない。
でも、自分で考え、自己分析と勉強を繰り返し、いつも何かに気がついて、試行錯誤を繰り返し、自分をわかりたい。不安を解消したい、自信を持ちたい。
いつになれば・・の私の困惑の繰り返しの、うつ状態が。
答えを出してくれると良いと思う。
答えがない以上、どこに行ってもダメならば、自分で見つけるしかない。

自己表現をするのがとても苦痛ではありますが。
私の主治医は私。
克服の道は自分次第で決まる。まだまだ頑張らねばなりません。
春だから温かくて、勉強と作業通い以外は、ほとんど疲れて寝てしまうので
調度よい、たくさん眠り、疲れを取りたいと思う。
もっと自分を甘やかしたい。

  • [93]
  • うつ病が長引く場合、ちぐはぐな暴言について。

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 4月 2日(火)13時12分8秒
  • 返信
 
患者会から七年離れてる間に、私が何をしてたかと言うと、
契約社員で働き、仕事は充実するものの、結婚が上手く行かず、相手にも
精神的な問題があったのですが、離婚に至ったり。

1人で悩んで何とかして精一杯で、患者会などというお付き合いの世界に参加
する余裕など、まったく無かったのですが、

久しぶりに参加すると、まるで昔のそのままのように話しかけてきて、いささか
ついてゆけず、話もそこまで聞く?というような突っ込んだ話やらで。
ズレを感じてました。
そもそも病気になるような人は、器用なタイプではないと思います。
私もそうで、みなもそうで。

で、
その男性のちぐはぐな発言や暴言に、いまだに憤りを感じ、どうやって顔を合わせたらいいのか、わからない思いも、うつ的に私をさせていて悩んでます。

ネットで、調べたところ長引くうつ病や暴言やキツイ言葉などの連発は、
うつ病ではよくある事のようです。
全く言わない人もいるので、元々その人が持っている特性のようなものは
あるのだとは思うのですが、
寂しい、虚しいから、キツイ言葉を吐くのかも、イライラして、どうしようもなく
感情が鈍感になり、言ってよいこと悪い事の区別がつかなくなるというか。
そうらしいので、腹立つ重いも、その男性のうつの症状と納得しようと思います。
わからなくてイライラしましたが、。

それと、
緘黙の場合ですが、私は実の父の怒鳴り声や、暴言、嘲笑、いじわる
身体的でない虐待にあってきたのですが。
子供の頃にそのような虐待に合うと、脳事体がやはり成長が止まるというか
神経伝達物質や、刺激に異常な反応を示す事になるのだと思うのです。
だから、
もうその傷を負った脳を修復する事はできず、思いのほか、重い、治りにくい
バランスの悪い脳、つまり病的な脳になると思うのです。
それならば、自分の精神的な努力や訓練だけでは、中々脳に自分が打ち勝つ事は
できないのではないか・・。
私の場合は二才から、18歳まで緘黙でしたので。その間、家庭で虐待等がありましたから。
治療不可能に近い状態なのだと思ったのです。

三年前に交通事故にあいまして、相手方が90パーセント以上悪く、
軽自動車は横転し、車は廃車になり、私は横転した車の中でもう死んだのではないか?とぐるぐる回転する中で思いました。
でも、内臓は大丈夫でした。
しかし、相手方の老夫婦が無保険で、無責任な方だったので、荒々しい言葉を
はかれ、挨拶にも来られなく、廃車になってしまった車で帰れず、
どうするかも、自分で決めねばならなかったのです。

その後に、車代等は払わせたものの、相手方の誠意の無さ。金が欲しいんだろ!
との暴言。。
そのような事を言うのなら、保険入っとけ!と私は内心思いました。
お前なんかと話したくない、首がむちうちで上げられず、何もできず、弁当を買って部屋は荒れ放題、少しは手伝ったらどうか?

などと、思いました。
それから、車で走るのが怖くなったのです。
いったん、スイッチが入ってしまうと、怖くて怖くて仕方が無くなり、
それまで高速を走っても平気で運転は好きな方だった私が、高速を走ったら
いきなりパニックになり、怖くて怖くて、ハンドルを握ってても、ハンドルが安定せず、ふらふらな運転になって、とてつもない恐怖を味わい
つかれきりました。

トラウマ。
もう私の脳は治らないかも知れない。私は治らないと思ってる。
だけど、できる所まで回復したいだけ。それは諦めないし、自分の人生も必ず
納得いく形に進めていくつもりで。
脳は治らない。
心の傷の修復は、慣れだけではどうにもならず、ときおり襲ってくる悲しい思いと
不安の原因は、薬だけでもどうにもならない。止める事はできない。
気分転換を図り、ああまただなと耐える事は上手くなった。時間がくれば、その思いは薄れる。
それは慣れた。
これらを緩和するには、やはり薬の力しかないのだろうと私は自分の調子をみて
思う。
薬なんて飲まず、精神的な鍛錬により、或いはリラックス、本を読む、人生勉強などで、克服しようと思っていた。
だけど、ちがう。
やはり、器質的な脳の変化が多分あるに違いないと思う。
でなければ、私が時折むしょうに悲しくなったり不安になったり、耐えに耐えた人生だったが、それでも耐え切れないほどの思いが、まだ残っていて襲ってくるのは
理解しようがない。
脳の気質的な成長の遅れ、変形。
そのような原因が必ずあると思う。では私はどうするか、何ができるのか、
仕事に行き始め、このような悲しみ、不安、どうしようもない苦痛の気持ちを
どうやってやり過ごしながら、仕事を同時にするか・・・を考えると、
もう薬漬けしか無いのだろうなと思う。
睡眠薬を飲み、不安と抗うつ剤を飲み、脳が小さな刺激にも動いてしまうので、
とても疲れやすい心と体を抱えながら。
仕事ができるだろうか。

私はここまで自分で考えてきたし、実際、こういう風に自分の体と心を使って
追求してきて、結果を見てきて、まるで実験のように、たくさん本を読み、調べに調べて、実生活で気にかかったことをノートに書き、また調べる。

余計なものは要らない。
そこまで殆ど解明されてない。なのに、そこまで到達していない医者やら
福祉関係者が、あれこれ上からレッテルを張り、決め付ける。
それは人を潰す事がある。
私も潰れそうになった。何年も悩んできた。
なんとなくちがう。。たくさんの周り道をして、自分が仕事をやったり、やめたときの心境やら、会社にいきたくない時の心境や苦しさの意味を、抱えて考えてきた。
わかりたかった。知りたかった。

考えるばかりの毎日。調べるばかりの毎日。
でも、脳や心を何とかせねば、何をやっても、気楽な生活は送れないと思った。
どこで満足するか、どこで落ち着くか。
今はあと少し、考えが及ばない。
でも、順調に自分なりに、答えは出てき始めていて。私のカウンセラーとも
息が合うようになってきた。
口で自分を説明する事は、とても苦痛だった。口が動かないし、苦手な表現を
しなければカウンセリングは出来ない。
話すのが嫌なときの方が多い。緘黙なのに、いまになって、苦手な事を克服しながら治療を受けるのは、とても疲れる。
だけど、あきらめない。あきらめたら、完璧じゃない人生だったけど、それすら
捨てなきゃいけなくなるし、
自分を捨てたら私は生きていけないと思う。
元々気楽には生きていけないくらいに、悲観的な心配性な人間だから。
これからは、
心の鍛錬や、訓練、慣れと言った事とは外れた方面で治療してゆきたい。
ひたすら分析し、脳の構造の問題として、緘黙を捉えて、そして後遺症を考え
どうやったら、それと共に生きれるか。
うまくやっていけるか、自己実現の方法を確立し、自分にあった程度の生活の
青写真を確立し、それから、その道でしあわせになりたい。

人はみんな、優しさを求めてる。
私にどんなに辛く当たる人間さえも、自分には優しくしてもらいたいと思ってる
という事は、その私を馬鹿にして侮辱した男性も、
ちっぽけな弱い、傷ついた人間というだけで、特別、意識的に私を傷つけようとしたとは考えにくい。
そう思うことで、何とか許せる気持ちになった。

  • [92]
  • 私に2時間、暴力を振るった男

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 3月31日(日)18時59分25秒
  • 返信
 
20代後半の時に知り合った男性で、

知り合って一ヶ月もしないうちに、私はこの人は性格が酷すぎるから
何事もなかったように早めにすぐにでも別れようと思った人がいます。

相手の思うとおりに私はならなかったので、相手は不満だったみたいで。
私は関係も浅いうちに、お付き合いを切りたかったのです。

そうすると、何かと今まで自分に冷たくした彼女をいかに
制裁を加えたかを話し出したんです。
内容は犯罪そのものでした。

そして、私は車の中で軟禁状態にされ、
逃げ出そうにも力で取り押さえられ、ボコボコに殴られました。
2時間ずっと、殴られました。
自分の思い通りにならない私、別れようとしてるのが
気に入らなかったのです。

そして、後で聞きました。
「もっと、精神的な病気を酷くさせて、ボロボロにしてやろううと思った」
鳥肌が立つ思いでした。
このような、精神的に弱く優しさの欠片もない男性はいる。
でも、犯罪行為までしたり、精神的な病の相手を、精神的にもっとボロボロに
酷くさせてやりたい、病院送りにさせてやりたいと
本気で彼は思ったようでした。

はぁ~
なんて、なんて幼稚な。なんてなんて自己中な。なんて傲慢な
なんて愛するとは程遠い行為なのだろう。
なんて人間ができてなさすぎなのだろう。
そんな事を考えるんだ。
残酷だ。
と思った経験が私にはあり・・・

この患者会の幹事さんのことがひっかかって仕方がありません。
精神的な病の方には、
歪んだ思考になってしまった人もいる、長年の闘病で
何が正しくて何が間違ってるか。
やりすぎか、そうでないか・・常識的かそうでないか。

自分のやってる事がわかってないのではないか
それとも何かの敵意の裏返しのようなものも
あるのかも知れないと私は思う
じゃなきゃ、うつ病になるだろうか?

攻撃性が自分に向くのがうつ病で、他人や社会に向くのか自分に向くのかの
違いだけで、
怒りがそこにあると思う。
それが私に向かったのだ。
相手がどうなっても構わない、自分がこんなにツライのだから。
自分可愛さもいい加減にしないといけないと
本当に弱い人をみて、おもう。
ちなみに、私は入院しなかった。鬱になるのもならないのも、今は気力だと思う
私が寝込んで、
喜ぶような男性は必ず人格的に曲がってるのだが、つまり相手を幸せにできるような人では今現在ないという事で。
それらの為に、精神的に弱いからと言って、寝込むものか!と強くおもうと
案外、寝込まないでいられる、
今のところは、あんなヤツのために寝込むかと思っている。

人というのは自分可愛さで、他人に対して思いやりのない
事をする人がいます。
鼻で笑ってしまいます。精神的に弱い男ほど、そういう変なやつがいるし
そういうヤツと出会ってしまったのも、
私の精神的な脆さだったのだと思います。もう1つ言えば、社会的な経験というか
人間関係の経験のなさや、自分への自信のなさが招いたものであったと思う。

  • [91]
  • 戦い

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 3月31日(日)18時41分6秒
  • 返信
 
すごくツライ。

何がツライって言うと、涙が出そうなくらい、患者会のうつ病の幹事に
どうしようもない努力もしない人間で
魅力的でないと、後は、酷い言葉の数々・・

メール好きですか?
その答え、
バカにするな!でした。へっ?と思うでしょう普通。

えっ何ですか?バカにしてなんていません。
どうしてですか?
普通、一般男性は生保者を恋愛対象としない。
そーですか・・。はい

でも、わたしはあなたにメールは好きですか?と聞いただけですよ。
確かに、メールするぐらいだから、好意的ですよ。
ですが、メール好きですか?です・・

その答えが、
バカにするな!・・・・・・・・人を嘲るのもいい加減に。しましょう。よ。
それをあなたがメールで言われたら?やられたら?
あいてをどうでもよいと思ってるから、やれる事じゃないですか?
その試し行為は。

わたしの事嫌いになったでしょ?
普通一般男性は・・何も努力をしない人は・・などと、続いたのです。

俺はお前とメールするほどの男ではない、バカにするなという意味だったようです。
そんなだから、奥さんに捨てられるんだよっ!
いきなり、自分が起こした裁判で勝った途端、出て行ったそうです。

わたしは、自分が久しぶりにあい、相手も変っただろうし、私も当然変ってる
それより、相手というものが、わかってない。はずと思って接してました。
当然そうです。
10年近くもあれば、人は変ります。
それが、何かわたしが仕事をしていない、生保を受けてる状態に特別何かショック
だったようで。
それが何なのかわたしには、わかりません。
作業所も毎日通ってるのか?と会った時に聞かれたので、毎日は行ってないし
そしたら、何か愕然としたガックリした表情に変った。

その言葉のDVでわたしはとうとう、寝込んだ。
寝込むとは思わなかったが、うつは突然襲ってくる。
気力が消えてしまう。

それが、その相手がわたしが回復してから、
「もっとへこめばよかったのに、」つまり、もっと気落ちして寝込めば
いいのだ。
とメールでよこしたのだった。
この方が患者会の幹事をやってるんですよね。。。

なんて、人の心の痛みがわからない人間なんだとおもって不思議でした。
自分だってうつ病でしょう。
寝込んだ事もあるだろう・・

この人は自分が一番がんばってると思ってるんじゃないかと言う答えに
到達した。
病気なのに仕事して自立してるんだから・・あなたもできないわけない。
努力が足りない。
自分の立場を考えろ、何で生保なんだ、なんで人の税金で食ってんだ。

だったら、一番質素な楽しみも何もない生活をしたらどうですか?
空き缶を拾ったら金の有難みがわかる・・・等。

の侮辱の羅列。
人を大切にしないで自我そのままの自己中な様。ありよう・・。
に何て傲慢な人でなしなんだろうと思ったが。
許すことにした、
そんな軽薄な人間を相手にしてる暇はない。
だけど、うすっぺらだな~~

ちなみに、
わたしの犬猿の中の姉が正社員で勤めてるところの
子会社みたいなものなんだけどね、彼の会社は。

出向っていったって、
そもそも、そこの会社は人使いが荒いんで
仕事のなすりつけあいなんだって。
その会社に、子会社で出向したら、そりゃ荒い使われ方をしたので
恨むのも仕方がないかも知れないですけど。
所詮、
子会社ですから。

裁判がすきな方で、裁判に勝ったら奥さんが出てったなんて笑い話だ。
それくらい、嫌われていたのだ、憎まれる何かがあったんだ。
わたしと同じように・・・わたしはただの知人ですけどね。
人間破壊だよ。あれは。
何かと言うと、警察か福祉課に相談するだって、
ばかじゃないの。
自分で何とかしろよ、と思う。
臆病な証拠で、すぐに人に頼る。
守ってもらおうとするのに、人を散々口で傷つける
バカにする。
やった事を考えたらいいのにと思う。

鬱にならないように、
うつ病患者でも、相手のことを落ち込ませて
ああ、勝った自分は強いなんて
勘違いに思ってる人間もいるって事で、そら恐ろしい。
その人自身が曲がってるから、冷淡だから、
中身の中心が、
表面的によくても、心は薄ら寒いそのままだろう。

  • [90]
  • 緘黙の初歩的で単純な原因と言われるものは。

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 3月31日(日)08時09分42秒
  • 返信
 
私のカウンセラーは臨床心理士ですが、

最近、大学院を出て、臨床心理士になった方に
緘黙の事は大学院で学んだかを聞く機会がありました。

どの程度の認知度か?学んだか?聞いたか?
どうやって教わったか?

答えは、深いものでした。一言では答えられないですが、
さわった程度ですよと、
ひととおし、目を通す程度・・
それを研究したり、心理的に解明してゆくと、それはそれは深い世界に
なるみたいです。
ですが、それを深く研究して、何の得になるかと言えば・・。
あまりお金になりませんね。

私のカウンセラーも、多分、分からない世界だと思います。
私と意見のすりあわせと、ご自分の知識、カウンセリング理論に基づいて
分からない緘黙経験者との話しを理解し、
そして私が自己実現と病気の回復の為に個人的な理解とアドバイスをしている。
お金という報酬があるから、できるのだと思います。
あとは、カウンセラーの思いですよね。仕事として、成り立たせる。

世の中には、偽者カウンセラーが五万と居ます。

話しを元に戻しますが、
緘黙の初歩的で単純で、根本的な原因は、

幼少の頃の何者かからのイジメ体験だそうです。
脅威、に耐える。
体験する。インパクトに遭遇したわけで。

幼少の頃のいじめ体験、脅威な存在による傷つきは、
大人の何倍ものショックがあるそうです。
それだけ、とても深く根幹から傷つき、
その人を変えてしまうほどのものだと言う事らしいです。

幼少の頃の息を飲むほどの脅威を受ける体験が何頭あり、
息を飲んで、耐えた。ストレスを受けた。
その体験が緘黙の初歩的な原因。
多大なストレスで、抱えきれないものが、黙ることで耐えようとする
息を殺す、
幼少の頃の、大人では考えられないようなショック。
は一生を左右するには十分だという事です。

頑張れば何とかなる。
努力が足りない。
同じ緘黙の人でも何ら普通にやってる人もいるじゃないかは。
あまり意味のない言葉です。
責めさえします。
と、考えます。

そうかーと思いました。
でも、これが私。
私は私。捨てようとおもった人生を、また拾って生きるのって
新鮮では無いでしょうか。
悔し涙を心の中で笑いに変えて。
幼少の心の傷と向き合い、ショックを受けるつど、そんなに辛かったのかと
そんなに傷ついてるのかと、自分の心に問う。
そして、自分の子供の頃の傷を受け止める。
そして、今、五体満足でない心を持ちながら、それでも鍛えて生きる。
それでも、それでも、それでも。
あきらめない。

人生というカードを手渡され、いざ歩き出したら
スタートしたら、石につまづいて、倒れて怪我をした。
その怪我の後遺症で、
遅くしか、歩けないかも知れないけど。
痛くて、仕方がないけど。
誰よりも辛い経験は、何か得るものがあると信じて。

何も喋れなかった私が、笑えなかった私が
笑ってる、話してる
全て恐怖克服の努力だった。

まだまだ、周りの基準には満たしていない。

  • [89]
  • 話すこと

  • 投稿者:もも
  • 投稿日:2013年 3月30日(土)17時48分37秒
  • 返信
 
話すことが辛くて考えたところ、
ふと思い浮かびました。

たとえば、何でもいいから話したいことを聞かして欲しいから
思い浮かんだことを喋って!といわれたら、私はどんどん話すだろうと
思うのです。
この掲示板でもそうですが・・・。湧き出るから書きこんでます。
無理にじゃなく、思いが湧き出るので、伝えたい、知って欲しい。
緘黙の認知、生きてきた証明といっては大げさですが。
何も残せないのは、いやです。
こんな苦しい思いを、人とは違う人生を五体満足なのにしてきて
いろいろジレンマがあります。
病気を知ってもらえないと、私のことも知ってもらえないようです。

で、どれだけでも浮かんだ感じたことを話してよいと言われて興味深く
聞いてくれるのなら、私はどんどん話せるのです。

話したいこと。
話さなきゃいけないこと。とは違う。
話したい、話したい、ことは楽に話したい。どんどん喋りたい。
だけど、強制・・
何度も聞き返され、無理やり口を開いて喋る伝達が、苦痛。

話したいことだけを聞いてくれる人に話すときに
別に苦痛ではなく、むしろ楽しいのです。
不思議・・・。
私の場合は、実際話してることと想いの間にギャップがあるそうです。
これもかうんせらーに言われたのですが、。
だから、辛いのでしょうね。
自分の本当に思ってることを言えるのなら、苦痛ではないはずですから。
ぱっと頭に思ってることが浮かばないのですね。
タイミングがずれます、とてもおそく自分の思いに気がつくことがあるようです。
たった一回の人生、欲しいものをぐんぐん手を広げて勝ち取れるようにしたい。


レンタル掲示板